私の病気の進行速度はよめない。
 だから『放課後デートは早いほうがいい!』という話になり、翌々日の月曜に決行することにした。
 私とツムグは家に荷物を置き、着替えを済ませると、私の家の前で落ち合った。
 私は放課後デートらしさを少しでも演出したくて、ツムグにひとつお願いをした。

「放課後デートは学校を出たところから始めたいの。だからもう一度、学校の正門まで戻りたい!」
「別にいいけど?」

 ツムグは少しも面倒がる素振りを見せず、あっさり承諾してくれたから、拍子抜けしてしまった。

「へっ、いいの?」
「いいってば。それぐらいのこと、いくらでも言えよ。ミイは俺の、か、彼女なんだから」

 彼女っ! なんてステキな響きなの!

「で? 正門からどこへ行きたいんだ? 具体的な希望はある?」
「ええっと、どこだろ? とりあえず駅前の商店街には行きたい。さっきお母さんから『メンチカツ買ってきて』って頼まれたの。帰る直前にお肉屋さんに寄っていい?」
「それって、デートじゃなくて、普通のお使いだな」
「むうー!」

 全くもってその通り。
 でも、そんなにはっきり指摘しないでほしかった。
 私は唇をとがらせ拗ねた。

「お使いもする商店街デート、ってことにしてくれてもいいじゃない……」
「商店街デート……商店街デートねえ」
「なあに? 不満?」
「そうじゃなくて、あの商店街に行くのでもデートって呼べるなら、小学生の頃の俺たちってデートしてたことになるのかなー、と思っただけ」
「あー、あの頃……」

 すぐさま、小学生の私とツムグが商店街を歩いている光景が頭に浮かんだ。
 私たちはお小遣いを握りしめて、毎月たい焼きを買いに行っていた時期がある。
 けれど、あれは4年生の2学期のことだった。
 学校で、男女別々に保健の授業を受けた。
 それから一時、男子と女子はお互いを変に意識してしまって、すこぶる仲が悪くなった。
 そして私とツムグがふたりだけでいると、ガキな男子たちにからかわれるようになってしまったのだった。
 それが嫌で、一緒にたい焼きを買いに行くのをやめてしまった。

「あれはデートじゃないでしょー」

 だったら、ふたりでたい焼きを食べ続けていればよかったんだ。もったいない。
 私もガキだった、ってことなんだと思う。

「デートじゃないのかー。ならデートにするには、今日はどうしたらいいんだ?」
「そんなの、分かんなーい。難しいこと考えず、とりあえず行ってみよう!」


学校の正門まで戻ってきた。

「で、今からデートってことでいいのか?」
「う……ん。よ、よろしくお願いします」

 私にとって、初めてのデート! いざっ!
 意気込むと、急に緊張してきた。

「なあ、こっちでいいんだよな?」

 それなのに、ツムグは今来た道と反対方向をスタスタと歩き始めてしまった。
 これでは、家からここまで戻ってきたときと何も変わらない。

「ツムグ、待って待って! 雰囲気が全然デートっぽくないよっ」

 私は顔をしかめて不満を訴えた。

「ええっ? 雰囲気? 俺とミイで今さらどうすればいいんだよ」
「…………」

 未経験者の私に分かるわけないじゃないの!
 でも、どうすればデートになるのかは分からなくても、これがデートでないことだけは確かだ。
 どうやら、『さあ、今からデート開始です!』って宣言したところで、デートにはならないらしい。
 ツムグが、『ふーっ』と息を吐いた。
 やっぱり私とツムグが付き合う、デートするっていうのが土台、無理な話だったのかもしれない。
 浮かれてドキドキしちゃった自分が馬鹿みたい……。
 上げてから下げられると、余計に哀しくなる。
 足下のアスファルトを見つめていたら、視界がぼやけてきた。
 あっ、マズい!
 このままだと楽しくない思い出になっちゃう。
 たとえデートにならなかったとしても、せっかく久々にツムグと出掛けているんだ。せめて楽しい思い出にはしたい。
 涙がこぼれるまえに顔を上げた。
 そのとき、ツムグの恥ずかしそうな顔が視界に入った。
 そして次の瞬間、私の手はツムグの手によって捕らえられた。
 えっ、何!?
 心臓が再びドキドキしだす。
 ツムグは私と手をつないでゆっくりと歩き始めた。

「俺はミイの彼氏だもんな……」

 ツムグは自分に言い訳するみたいに、ぼそっと独りごちた。
 でも、私の耳がそれを聞き逃すことはなかった。

「ツムグの手、あったかいね」
「そういうこと、わざわざ言うなよ。俺だってなー、緊張するんだよ」

 眠いからじゃないんだ!
 嬉しかった。
 ツムグが私と手をつなぐことに緊張してくれていることが。
 私と同じようにドキドキしてくれていることが。

「……その、最近は体調とかどうなんだ?」

 ツムグが話題を変えてきた。

「体調……は別に普通。すごくいいってこともないけど、悪くもないよ」

 それは嘘じゃなかった。
 でも、脳の石灰化が進んでいるのを自分でも感じている。
 もの忘れがすごく多い。つい10分前に頼まれたことを忘れてしまう。
 『ごめーん』なんて笑って謝りながら、実のところ毎度泣きたくなるのだった。