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 スイートポテトまで食べ終えると、私とツムグは倒れるようにレジャーシートに寝転んだ。

「く、苦しーい!」
「しばらくゴロゴロしよう」
「えーっ、牛になっちゃう」
「いいから、いいから」

 ツムグがワイヤレスイヤホンを片方だけ、私に差し出してきた。
 そしてもう片方を自分の耳につけた。

「昨日のうちにプレイリストを作っておいたんだ。ミイと聴きたい曲を選んだ」
「へー、どれどれ……」

 私もイヤホンを装着した。
 優しい男性の歌声が聴こえてきた。
 私は音楽にうとい。だから聴こえてくる曲のタイトルも、声の持ち主の名前も分からない。
 これは忘れているわけではなく、本当に知らないのだと思う。
 それでも耳に心地いい。

「ボリュームはどう?」
「ちょうどいいよ」
「なら、このままリラックスして聴いててよ」

 あー、寝ちゃいそう。
 2曲目に変わったタイミングだった。
 なんとなく、本当になんとなく、そうしたい気分になった。
 だから、そうっと隣にいるツムグの手を握った。
 ツムグもそれが当たり前みたいに、自然に握り返してくれた。
 それから手をつないだまま寝転んでいた。
 10曲ぐらい聴いたところで、リピート再生が始まった。
 どれもこれも知らない曲ばかりだった。
 ツムグは私が消えちゃった後も、どんどん新しい曲を知っていくんだろうな。私が耳にすることのない曲を……。
 でも、それでいい、と素直に思えた。
 そうしてほしい、と願えた。
 だって、今聴いてるプレイリストは私と聴くために作ってくれた。
 これから先、ツムグがどれだけプレイリストを作ろうと、それは変わりようがない。
 それと、ツムグのスイートポテトは私だけのもの。
 十分すぎるよ。しあわせすぎ。


 日が少しかげってきた。
 ツムグが上体を起こして、ためらいがちに言った。

「そろそろお迎えをお願いしようか?」

 ずっとつないだままの手に思わず力が入った。
 きっとこれが最後のデートになる……
 そのデートもこれでおしまい……
 ツムグにもそれは分かっていたと思う。
 ツムグも濡れた目をしていたから。
 もう少し、もう少しだけでいいからここにいたい……
 あっ!
 私も上体を起こした。ツムグみたいには上手く起きられなくて、ツムグに手伝ってもらって。

「ツムグ、まだダメ。まだしてもらってないよ?」
「そう、だけど……こんな体調のときにいいのか?」
「こんな体調だから、でしょ。いつ死んじゃうか分かんないんだよ?」

 ツムグが真顔になって、私に顔を近づけた。
 お互いの顔の距離が10センチになったところで、ささやいた。

「死ぬとか言うなよ」

 そして、軽く触れるだけのキスをくれた。
 5秒も経っていなかったかもしれない。
 でも、時間が止まったみたいだった。
 ツムグは顔を10センチの距離に戻すと、照れ笑いをした。

「ごめん、少し横にズレた。もう1回やり直していい?」
「ぷぷっ、いいよ」

 ツムグはつないでいた手を離すと、両手を私の頬へ添えた。
 そしてさっきよりもゆっくり近づいて、やり直しのキスをしてくれた。
 2回目のキスも、やっぱり本当は短い時間だったはず。
 それなのに、唇が触れた瞬間、また時間が止まった……
 あっ、違う!
 止まったんじゃない。時間が無限に広がったんだ。
 私が生きてツムグとキスをしている時間は、まるで永遠のように感じられた。