中学3年の5月、私は余命宣告というものをされてしまった。
 先週、15歳になったばかりなのに……
 とりたてて美人てこともないのに……
 それでも、私の命は確かに残り少ないらしい。
 余命宣告といっても、具体的に『あなたの余命はあと○ヶ月です』とは教えてもらえなかった。ただ、『長くはない』とだけ。
 お医者様にも分からないんだって。
 私の頭部のCT画像を3つ並べて説明してくれた。
 2週間前、1週間前、そしてさっき撮影したばかりのもの。

「脳の一部が石灰化する病気はあります。でもそれは石灰化した部分は大きくならないか、時間をかけてわずかに広がるだけなんです」

 お医者様は3つの画像を順々に指していった。

「そのはずなのに、ミイさんの脳は石灰化が急速に拡大しています」

 脳のどこが石灰化するかで症状は違ってくるらしい。
 運動が困難になるケースもあれば、記憶障害になるケース、それから発作が起きるケースまで色々あるんだって。
 でも反対に何ともなくて、石灰化に気づかない人もいるそうだ。
 それなのに、私はそうではなかった。
 しかも世界的にも前例のない悪性なやつだった。
 私は脳の数カ所が石灰化していて、それも全て急成長中。

「特に、脳幹に近い箇所で石灰化が見られる点が気になります。脳幹は、呼吸や血液循環といった生命維持に必要な活動にかかわっています。脳幹にまで石灰化が及べば……」

 オーケーです。わかりました。
 息の根が止まる……ということなんでしょ?
 先生の話してくれた内容は、私の頭でも理解できた。
 でも、それが自分の頭の中で起きている事象だ、ってことまでは実感できなかった。
 つい最近のことだ。『そろそろ志望する高校を絞らないとね』なんて、お母さんと話していたのは。
 そのとき、受験なんて想像できなくて、どこの高校に行きたいかすら思い浮かばなかった。漠然とした不安を感じて落ち着かなくなっただけ。
 それって、まさかその未来が来ることはないからだったの?
 私、高校を受験する必要がなくなっちゃった……
 喜んでいいのか悲しんでいいのか、分からなかった。
 涙が静かに流れて落ちただけだった。
 そして、すぐ隣にいるはずのお母さんの嗚咽が、宇宙の彼方から聞こえていた。


 病院から自宅まで、お母さんが運転する車で帰った。
 だけど、お母さんが運転したらいけなかったんじゃないかな?
 魂が半分抜けちゃったような状態だった。
 それでもお母さんは、奇跡的に苦手な車庫入れまでやりきった。
 よかった、今日が私の命日にならなくて。
 車から下りたとき、ちょうど幼なじみのツムグが目の前を通った。

「ツムグ! 今帰り?」

 ツムグは制服を着て、学校指定リュックを背負っていた。

「おお。ミイは病院だったのか? どうだった?」

 ツムグは挨拶代わりみたいに、あっけらかんとでもなく、そうかといって大袈裟に心配するでもなく、ニュートラルに尋ねてきた。
 本当はこの場で、『余命宣告されちゃったー!』って泣き笑いしたかった。
 でも、できなかった。お母さんがいたから。

「明日土曜だから、明日ゆっくり話せない?」
「構わないけど。なら、俺がミイの家に行くよ」
「ううん、私がツムグの家に行く」

ツムグが困ったように、お母さんの顔色をうかがった。

「私が行くから、絶対に家で待っててね!」

 私は押しきった。
 だって私の部屋では話しにくい。
 お父さんとお母さんが聞き耳を立てるかも……なんて疑っているわけではない。
 それでも会話が漏れてしまうかもしれない。
 泣き声だって聞かれてしまうかもしれない。

「お母さん、聞いてる?」

 お母さんはさっきから反応がない。

「明日、ツムグの家に遊びに行くから。お母さん?」
「えっ、はいはい……」

 生返事だったけれど、了承をもらえたんだから問題なし。

「そういうことだから」
「分かった。じゃあ、また明日な」

私はツムグに、にーっと笑って見せた。そのとき、目の端に涙がにじんだ。
ツムグはお母さんに頭を下げると、我が家から3軒隣の家へ帰っていった。
ツムグの背中を見送りながら、私はこっそり涙をぬぐった。