(……あんなに綺麗な涙は、初めて見た)
暗い夜道、そんなことを思いながら歩く直哉は、歩行者の邪魔にならないような道端に立ち止まり胸に手を当てて目を閉じた。
ドクン、ドクン、ドクン。
そう規則正しくリズムを刻む心臓は、今日も自分自身を確かに生かしてくれている。
少しずつスピードを緩める鼓動の音を聞かないと不安に押しつぶされそうになってしまうのはもうどうしようもないことだ。
マスクをおろして深く呼吸をすると、爽やかな空気が全身に染み渡る気がした。
(……こんな話を信じろって言う方がおかしいよなあ)
自分が優恵に対して、余りに突拍子も無くにわかに信じ難い話をしていることは、もちろん直哉自身が一番理解していた。
それを理解した上で"優恵には信じてほしい"と言っているのだから、頭がおかしい人間だと思われても仕方がないとわかっている。
だけど、それは本心からそう思っているのもまた事実だ。
直哉は鼓動の音に安堵してからそっと目を開き、家までの道のりを再び歩き始めた。
自分では、最近体力がついてきたような気がしていた。
しかし、二日も連続でそれなりの距離を歩くと心拍数が上がり、なんとなく立ち止まって休憩してしまう。
発作が起きてしまうんじゃないかと、無意識に警戒してしまうのだ。
だから正常な鼓動の音を聞くと安心するし、そうしてからじゃないと歩くのが怖くなってしまう。走るのなんてもってのほかだ。
胸にある傷は、これまで直哉が必死に生きてきた証だ。
病院でのほぼ寝たきりの生活から外に出て四年経った今でも、周りの男子高校生と比べて異常に線が細いのは自覚している。
(日焼けしてみたかったとか、思い切り走ってみたいだとか、旅行に行ってみたいだとか、海に入ってみたいだとか。外に出たらやってみたいことなんてたくさんあったのに)
(結局、外の空気がたまらなくおいしいことで全部満足してしまった)
空を見上げると、綺麗な星が瞬いていて
「……すっげ……」
思わず声が漏れた。
昨日、優恵を探しにあの交差点に向かった。
それは直哉にとってはほぼ賭けのようなものだった。
龍臣の命日とは言え、そこに優恵がやってくる保証なんて無い。
だけど、直哉は"きっと優恵は来るはず"というどこか期待に近い思いはあった。
その理由は、この四年間、毎年あの交差点にある電柱に同じお花とお菓子が供えられていたのを知っていたからだ。
今までは時間が合わなかったのか、いつ行ってもすでに供えられた後だった。だから今年は早めに来た。
よくよく考えたら、昼間の目立つ時間に来るよりは朝の登校時間に合わせてサッと置いておく可能性の方が高い。
そう予想して訪れてみると、優恵と出会うことができたのだ。
直哉は、優恵に会って驚いた。
遠目からでもわかる、その美貌。
パッチリとした二重の目元に、薄い唇。
儚げでミステリアスに感じる雰囲気と青味すら感じるほど真っ白な肌は、おそらく龍臣を死なせてしまったという罪悪感とショックと後悔と……様々な感情のせいなのだろう。
直哉も"触れたら折れそう"や"細すぎて心配になる"と今でもよく言われる。
しかし、直哉から見れば優恵の方が心配になる。
少しでも地雷を踏んだら消えていなくなってしまいそうな、そんな脆い印象を受けた。
(龍臣が死んでもなお優恵を心配してる理由がよくわかる気がするよ)
無意識のうちに脳内で心臓に語りかけるけれど、もちろん返事は無い。
次はいつ会えるだろう。そう考えて、
「あ……連絡先聞きそびれた……」
また待ち伏せするしかないか、と困ったように頭を掻くのだった。