穂積とわたしが高校生になったくらいに、わたしの身体に癌が見つかった。ほとんど機械で動いているわたしの身体は、もちろん本体にすごく負荷がかかっていたんだと思う。

 菅田先生にそう言われた時にも、別に実感はわかなかった。ただ、この身体を蝕む病気は、わたしが人間である証拠なのかもしれないなと、少しだけそう思った。

 それよりもわたしにとっては、穂積の方が大事だった。



「先生。わたしの寿命は、あとどのくらいですか」

「……3年くらいかな」

「嘘はつかないでください」



 ここまで一緒にやってきたんだ。菅田先生の嘘くらい、見抜けるようになっている。



「……2年だ」

「2年」



 ホッとした。まだ、2年もある。

 この2年で、わたしは、穂積に立ち直って欲しい。

 高校に入ったばかりの穂積は、学校には通えるようになっていたけれど、まだ全然立ち直っていなかった。むしろ昔よりも人との距離をとって、誰とも関わらず自分の殻に閉じこもっている印象だった。

 彼にはきっと、友達が必要なんだと思う。

 もしかしたら、——恋人、とかも。

 ちくりと胸が痛んだ。
 気づかないふりをした。



 2年生になった穂積をバンドに引っ張り込んでからは、トントン拍子にことが進んだ。怖いくらいに上手くいった。

 まるで神様がわたしの命が尽きるまでに、穂積を立ち直らせてくれようとしているみたいに。

 穂積が良くなっていけばいくほど、わたしの中の病魔は育っていった。それでも、菅田先生がうまく誤魔化してくれていたおかげで、誰にも気づかれることはなかった。

 それよりも誤魔化せなくなっていたのは、穂積への気持ちだった。

 わたしは、穂積を助けようと思っていた。穂積を救うことが、わたしの生きる意味だった。それなのに、わたしは穂積に恋をしてしまった。

 早瀬ちゃんとの現場に遭遇した時に気がついた。病魔はどれだけ誤魔化せても、この病は——恋という名の病は、誤魔化すことなんてできないんだって。

 そこからはとても苦しかった。正直、今思い返しても、全然隠せていなかったんだと思う。

 まさか穂積が、わたしのことを好きだなんて思ってはいなかったから、穂積がわたしに好きだよと言ってくれた時、本当に嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、どうにかなってしまいそうだった。

 でも、わたしは、もう、穂積の傍にはいられない——いたら、いけない。

 これ以上幸せになったら、きっと、もっと望んでしまう。

 生きていたいと——そう、望んでしまうから。

 だから、懸命に諦めようとした。それでも、無理だった。



“セナ、逃げよう”



 そう言ってくれた穂積の瞳を見たら——嬉しくて、苦しくて、たまらなくなって。

 わたしは気がついたら、泣きながら「……わたしも、穂積が、好き」とそう答えていた。




 それからの数日間は、とてもしあわせだった。

 好きな人と一緒に過ごすことができるなんて、まるで夢みたいだった。

 生きていてよかったって。命を救ってくれてありがとうって。そう、穂積のお父さんとお母さんに、心の底からお礼が言いたかった。



 でも、だからこそ。

 これ以上、穂積をわたしの傍に置いておくわけにはいかないんだ。