1学期ラストを飾る科目は、古典だった。



「用意、はじめ」



 監督の先生の声で一斉に問題用紙を裏返す。解答用紙に名前を書いて、問題に目を向ける。

 第一問。 次の文章を読んで問いに答えなさい。



『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵におなじ』

 平家物語の有名な冒頭、祇園精舎だ。それぞれ助動詞などに棒線が引かれており、その意味や活用形、用法などを答える問題だった。

 寝不足の重たい頭からどうにか知識を引き摺り出す。ひとつひとつ確認しながら答えを記入していく。

 次は、『春の夜の夢のごとし』についてだった。その意味を簡単に説明せよと言う設問。



「……」



 少しだけ悩んで答えを書く。テストはただそれの繰り返しだ。それを繰り返すうちに解答用紙は埋まって時間は過ぎていく。



「終了5分前」



 監督の先生の声に、じっと見直しをする。目に止まったのは『春の夜の夢』についての自分の答え。



『幸せな状態や自分の望みが叶った状態は、永遠には続かないということ』



 どうして人は、幸せを望むんだろう。どうせ失くなってしまうのに。

 楽しかったことも、いつかは失われてしまうのに。

 昔の人だって幸せな時間を『春の夜の夢』と喩えているんだ。それが真理じゃないか。

 それなのになぜ、人は幸せな時間を求め続けるんだろう。幸せを求めるということは、それを失う辛さを繰り返すということだ。失ってしまうくらいなら、初めからない方がマシだと言うのに——、


 そう思った刹那、チャイムが鳴った。「やめー、筆記用具を置けー」という先生の声にかぶさるようにざわめく教室。

 テストという呪縛から解放された高校生の喧騒はどこか楽しげな音に満ちている。



「よし、全員分揃ったから、じゃあ気をつけて帰れよー」



 担任がゆるいと帰りのHRも何もなく放たれる。ざわめきが一層大きくなる中で、僕は筆記用具を鞄から出した筆箱にしまい込む。教材も持って帰るのは重いから置いていこう。そう思ってロッカーに教材をしまっている僕の後ろにぬっと大柄な影。



「おっつー! いやー開始10分くらいで究極に眠くなってやばかったわ」



 もちろん近づいてきたのは古谷くん。



「寝たんですか」

「気づいたら終了5分前だった!」

「それ先生の声で起きただけじゃないですか……」



 古谷くんはあっけらかんと笑っているが、もし自分がそんなことをしでかしたら血の気が引いてそれどころじゃないだろう。そういう時にもいつも通り明るくいられるの、本当にすごいと思う。



「お疲れさまー、いやー国語のテスト難しかったねぇ」

「俺は生物の方がやばかった」

「僕は生物好きだから大丈夫」



 松村くんも帰りの準備万端で古谷くんの隣に並ぶ。



「ちょっと二人とも準備早過ぎませんか」

「お前がおせーんだろ! さっさとこの鬱屈した場所からエスケープしようぜ!」

「……」



 今日はもう夏日だからか、いつもより3倍マシで暑苦しく感じる。



「あれ、香山くんは?」

「香山は日直日誌書いてるよ」

「待ってられねー!」



 古谷くんは机に向かって日誌を書いている香山くんのところへ移動する。その隙に僕も帰る支度を整える。



「香山―、先外出てるぞ。いつものコンビニ集合な」

「おう、これ出したら追いかけるわ」

「よっしゃ、いこうぜ!」



 いつも通り、僕らは古谷くんを先頭に学校を後にした。外に出るとじわじわと太陽の光が僕らの水分を奪っていく。蝉の声も暑さを助長させる。