視線が交わる。
その一瞬、雨音が消え静寂が包む。
視界は変わらず曖昧でぼんやりとしているが、さほど距離は離れていない。そのため、その目を驚きに見開いたのがわかった。
透けそうなほど白い顔に髪の黒が映える。
色を無くしたその唇は震えているようだ。
そして、その顔はまるで"幽霊"でも見たかのよう。
女はそのままジッと俺の顔を見た後、白く細い指を口に当てる。
そして、何故か哀しげに顔を歪めた。
なんだ。
アイツは俺を知っているのか?
パッと見た感じ、女の年齢は二十代そこそこ。
そんな知り合いはいない。
少なくとも俺はアイツを知らない。
……はずだ。
いや、そもそも目の前のアイツは生きている人間なのか?
取り止めのない考えがグルグルと頭の中を巡る。
逸らせない視線の先で、女は震える唇をなんとか開き言葉を紡ごうとする。
その指先をこちらに向けてまるで縋るように虚空へ伸ばす。
その顔は深い悲しみに染まり、しかしどこか懐かしそうに揺れて見えた。
雨音が女の声を容赦なく掻き消し、届かない。
雨が遮るこの視界ではその唇の動きを読み取ることは難しい。
呼吸さえ忘れるその空気を裂いたのは、ワンと響いたチビの鳴き声だった。
ハッと我にかえり、足元のチビに向ける。
黒い目が心配そうにこちらを見上げている。
______逃げよう
ようやく足は動きそうだ。
急いで足元の子犬と傘を拾い上げ、祠に背を向けると来た道を走る。
振り返ることなく、走り続ける。
女が追いかけて来てるかなんて確認する余裕はない。
ただ夢中で足を進めた。
そして、気づいたら息を切らして元の公園に立っていた。
呼吸を整え、恐る恐る振り返る。
そこには変わらず草が生い茂っている。
自分が踏み開いた小道だけが伸び、先は闇に消えている。
「……何だったんだ」
地面に下ろしたチビが先ほどと変わらず心配そうにこちらを見ていた。
その小さな頭を撫でる。
「お前のおかげだ。ありがとう」
チビは首を傾げるが、なんとなく伝わったのか嬉しそうに一鳴き。
少し雨足は弱まったが、変わらず灰色の雲は雨を落とし公園を濡らす。
先ほどの光景が現実なのか、よくわからない。
雨がみせる幻覚でも見ていたのかもしれない。
むしろそうであって欲しい。
公園を去る間際、振り向いた先で子犬がジッと先ほどの茂みを見つめている姿があった。