「おーい、チビ。どこ行った?」

大きくもない声は雨音に消える。

そのまま歩いているとふと足元の感覚が変わった。
みると土の地面はいつの間にか古い石畳の道に変わっている。
まるで管理されていないが、明らかに人工物だ。

この先に何があるのか。

そう思い、顔を上げると高い木々の間に緑とは違う白っぽい何かが見えてきた。
よく見るとそれは石造りのこれまた古い鳥居だった。
鳥居は根本から上まで蔦に覆われ、苔むしている。
チビはその鳥居の下にこちらに背を向けて座っていた。

「こんな場所があったんだな」

ゆっくり鳥居に近づくと、俺に気づいたチビが嬉しそうに足元に駆け寄ってきた。

「お前、ここ知ってたの?」

子犬は不思議そうに顔を傾げる。

鳥居の先にはまた少し石畳が続いており、その先に短めの石段が見える。
石の道を彩る紫陽花が石段の先まで続いてる。
その淡い花はこの色のない世界でやけに鮮やかだ。

「ん?」

先に目を凝らす。
薄暗い視線の先、小さめの古びた祠の前。
そこでふと動くものが見えた。

何か、いるのか?

動物ではない。
なんだ?いや、誤魔化す必要もない。
わかる。わかってしまった。

それは人だ。
雨に濡れ、傘もささずにそこに立っている。

思わず言葉を無くし息を呑む。

細い体に長いストレートの髪。
こちらに背を向けて立っているのは女だ。

どういうことだ。
あれは?本当に人なのか?
いや、姿は女であることは間違いない。
しかし、ここに辿り着くには今来た道とは言えない茂みを通るほかに道はない。

でも俺が足を踏み入れたとき、そこに人が通ったような後はなかった。土の上に足跡なんてなかった。


それならば…
あの人は、ここにどうやって来たんだ?

得体の知れない恐怖が全身を包む。
ここにいてはいけない。
そう思うのに、足は動かず、視線はその女から離すことができない。

無意識に震える手から、傘が落ちる。
それが地面に落ち、バサっと雨の中にやけにその音が響く。

しまった。
そう思ったとき、その女はビクッと体を揺らしゆっくりとこちらに振り向いた。