「だから待ってってば!」
ピチャピチャと水の上をかけてくる。
隣に眩しいオレンジの傘が並んだ。
「待たなくてもお前はいつも追ってくるだろ」
「そうだけど!少しくらい私にも合わせてよ」
「別に一緒に帰る約束なんてしていない」
「まーたそんなことばっかり。どうせ同じ帰り道なんだからいいじゃん」
傘越しで聞こえる声は少し不貞腐れている。
きっとさっきみたいに頬を膨らませてるんだろうと容易に想像がつく。
「つか、お前部活は?」
「雨だからさ〜外の部活と体育館回してんだよねー。今日はサッカー部とバド部」
「ふーん。大変だな」
「なんかテキトー」
紫音はバレー部。
体を動かすのが好きらしい。
ちっさいくせにすばっしこい。
そして、やかましい。
インドアで帰宅部な俺とはまるで真逆だ。
運動はおろかこんな雨の中家に歩いて帰るのすら億劫だというのに。
時々、早足になって、それでも横にしっかりついてくる彼女に、自然と歩みは遅くなる。
家に向かう最中ずっと楽しそうにたわいもない話を続ける紫音。それに時々相槌を返す。
明るい彼女の声は、この灰色の世界で唯一鮮やかに映える。
耳障りな雨の音さえもかき消してくれるようで、なんだかんだ彼女の隣は心地よい。
「あ、そうだ!ママに買い物頼まれてたんだった」
突然、紫音は話と足を止めた。
思わず俺も足を止めて、傘を持ち上げ彼女を見る。
俺の視線に気づいた彼女はにぱっと笑う。
「寂しいと思うけど、こっからは一人で帰ってね」
「お気遣いどーも」
振られる手に反射的に振り返すと満足そうに再度笑って紫音は来た道を帰って行った。
まるで嵐のようだ。
バシャバシャと雨をかき分け、去っていく紫音を無言で見送る。
傘をさしている意味があるのかも怪しいほどずぶ濡れだぞ、あいつ。
昔からそそっかしくて、騒がしい。
いつでもニコニコ笑って、馬鹿みたいに元気で、全くもってこの季節には似合わない。
傘を軽く持ち上げ、灰色空を見上げる。
雨はまだまだ止みそうにない。