八月十五日の花火


「じゃあ、俺がお前から一本取れたら、教えろよ」

「あれぇ? 剣道はもうやらないんじゃなかったっけ?」

「……まずは、おまえから一本だ」


「ほう」と、友樹は珍しく感心の表情を作る。


「まあ、好きな人に守られてばっかじゃ、カッコつかないもんな」


 ニタニタとする緩んだ顔に、苛立ちばかりが募る。


「一本ねえ……」


 バカにしたような声と、あざ笑うような笑みが、俺に向けられる。


「な、なんだよ。俺にとってお前から一本取るのが精いっぱいだ」

「一本、とれるんだ、俺から」

「うっ……」

「ははっ、情けねー」


 呆れたように友樹は言った。

 だけどその声は、どこか楽しそうだった。


「二十秒前。みんなグラス持った?」


 母さんの張りのある声が、みんなの手元を見渡す。

 十五秒前の号令が、庭に響き渡る。

 その中に、静かな声がぽつりと、俺の耳にだけ届く。


「そんなんじゃ、美緒を任せられないな」

「……え?」


 俺は声の方に、さっと首を向けた。

 友樹の、鋭く見下すような目が、そこに待ち受けていた。


「勘違いすんなよ、享平。美緒が好きなのは、この花火とお前の誕生日だからな」

「わ、わかってるよ」

「美緒を守れるぐらい強くならなきゃ、俺は認めないよ」


 友樹のいつにない真剣なまなざしが、俺の胸を突く。


「……十秒前―」


「耳の穴ふさいで待ってるわ」


 にっと笑う、自信に満ちた笑みを付けた果たし状が、俺の目の前に突き付けられる。


「九……八……七……」


 俺は怖気づきそうになるへっぴり腰を、体の重心を意識して立て直して強気に出る。


「髪も黒に戻せよ」


 参ったなという風に、友樹が自分の髪を手でわしゃわしゃっとかきむしる。


「……六……五……四……」


 漆黒の闇の中に、ものすごい速さでスーッと白い線が走っていく。


「はーあ、せっかくの色男が台無しだぜ」


 そのまま友樹は夜空に視線を走らせる。


「三……二……」


俺もその後を追いかける。


「一……」


 色とりどりの星が、夜空で爆ぜる。

 その瞬間__


「ハッピーバースデー」


 美しい花火が夜空を彩り、その音にも負けないくらいの歓喜の拍手と祝福の声が、お盆でしんみりしたこの世界に、場違いのように広がる。
 
 その光景に、胸が震えた。

 毎年見ている光景なのに、毎年のことなのに、今日も同じ八月十五日なのに、俺は初めて感動を覚えた。

 目にこみ上げる涙をこらえるのに、必死になった。


__死にたくない。


 強くそう思った。


__死んでる場合じゃない。


 まだ暗闇をゆらゆらとたなびく「享平」が残した煙を見つめて、そう強く自分に言い聞かせた。


 死にたくない理由が、目の前にある。

 俺を見守るいくつもの眼差し。
 
 そっと背中を押して歩いてくれる存在。
 
 そして、愛おしく、守りたいぬくもり。
 
 それを俺は、まだ失いたくない。

 死にたくなくない。


__じいちゃん、ごめん。