八月十五日の花火

 俺を庇ったのは友樹で、じいちゃんの剣先を捌いたのは、美緒だった。 

 幸い誰も怪我をすることはなかった。

 じいちゃんも、本気で俺に当てるつもりはなく寸止めしていたおかげで、美緒の力でもその木刀を振り払うことができたそうだ。

 じいちゃんのしたことは、もちろん世間的にはよろしくない行いだけど、内輪の揉め事として、大人の間でもみ消された。

 それでもじいちゃんは、精神誠意、友樹の家で土下座をして謝り、美緒の家では床に額をつけて泣いて謝った。

 というのは友樹からの情報だ。

 土下座なんて大袈裟だし、今の時代みっともないというより引くし、聞いてて嫌気がさす。

 そんなことしなくたって、謝罪ぐらいできる。

 俺だってちゃんと謝ったよ、「昨日はごめん」って。

 友樹と、美緒に。

 メッセージアプリを使って。

 メッセージの送信ボタン押すのだって、結構な勇気とエネルギーが要るんだ。

 それなのに、送信した後も、二人から「気にすることない」と返信があってからも、全くすっきりしない。


 俺は頭を地面につけて必死の形相で謝罪するじいちゃんの姿を思い浮かべた。

 その姿を見てもいないのに、リアルに思い浮かべることができた。

 額から滝のようにあふれる汗も、口から飛び散る飛沫も、目元から流れ落ちる涙も。

 雑な指さばきでスクロールしていくと、スマホの画面に張り付いているように見えるだけの「昨日はごめん」のデジタル文字がすぐ顔を出す、

 それはなんとも薄っぺらく味気なかった。


 謝罪したことに変わりはないのに、どうしてこうも違うんだろう。

 じいちゃんの引くほどの土下座と、俺の指先から生まれた言葉は、何が違うんだ。

 どうしてこんなにモヤモヤするんだ。