「やっぱここは美緒っしょ」


 やっぱここは……って、主役は俺っしょ。

 まあ毎年のことだけど、俺は前振りだ。

 手拭いを外すと、三半規管がまだ復活していないのか、周りの景色が揺れ続ける。

 そんな俺を心配することもなく、みんなが美緒の周りに集まりだした。

 母さんの手によって、美緒の浴衣にタスキがかけられる。

 一応「(注記)」しておくけど、浴衣の袖が落ちてこないようにする、あの襷ね。

 俺の「本日の主役」とは違う。


「ねえ、享ちゃん」


 まだ回る視界の中で、美緒が俺を呼ぶ声をふわりと捉える。


「え?」


 気の抜けた声で返事をすると、ため息混じりの呆れた声が返ってきた。


「もう、何ぼんやりしてるの? 早く目隠ししてよ」


 俺の手元の手ぬぐいを、美緒が視線だけで指す。

 俺は「お、おう」と慌てて美緒の後ろに立った。


 後ろから美緒の目元に手拭いを回す前に、ごくりと唾をひとつ飲み込んだ。

 俺よりも十センチほど背の低い美緒の後ろ姿を目でなぞった。

 両うなじのまぶしさに、ぐらつく目が一瞬で冴えた。

 手拭いを美緒の顔の前にまわすと、俺と美緒の体の距離が一気に縮まった。

 このまま後ろから抱きしめてしまえそうな態勢に、ドクドクと心臓が派手に音を立て始める。

 聞こえてしまわないか、心配になるほどに。

 髪形を崩さないように、その小さな顔に腕がぶつからないように、そっと、慎重に、手拭いを目元に置いた。

 だけど今度は、後ろで手拭いを結ぶ指先が震えだした。


__だから、いい匂いなんだって。髪がふわふわしてるんだって。


 そうしていつまでもまごついていると、「下手くそかよ」なんて笑いながら、友樹が俺の手から手拭いを奪っていった。

 そして友樹は、いたって冷静に、平然と、その大役をやってのけた。