(ただ1つだけ困っていることは、もうすぐで貯金が尽きるということ……)


 祖父母から私に相続された遺産のおかげで、住居に関しては困っていない。

 両親に頼み込めば援助はしてくれるだろうけど、そこで引き換えに婚約の話を出されるわけにもいかない。


(お金は欲しいけど、今度の人生は独り身でいたい……)


 勝手にトマトと名づけた野菜を使って作り置きをしていたトマトソースを使って、自称ピザトーストを食する朝食の完成。

 そこに家庭菜園で採取した野菜のスープを添えて。


「お肉食べたい……」


 おとなしく私が経験してきた令嬢生活に戻ればいいのに。

 そんな悪魔の誘惑が脳裏に過るけれど、令嬢生活の始まりは私の死を意味する。

 さすがに4回目の人生も婚約破棄されて死罪って展開にならないとは高を括っていても、念には念を。


「今度の人生こそは、おばあちゃんになるまで生き切ってみせるんだから……」


 そう決意はするものの、祖父母が残してくれた大量の書物に囲まれながらの食事は私にある考えを引き起こさせる。


(売ったら、いくらくらいになるのかな……)


 そんなゲス的考えを思いついたのがいけなかったのか、玄関に飾られている呼び鈴が私に来客を知らせた。


「はぁー……」


 とある森の片隅で生活している私の元を訪れるのは、家に戻って来なさいと連絡する使いの人。

 もしくは私が作った野菜と農畜産物を交換しにやって来てくれた心優しい街の人。

 でも、呼び鈴の鳴らし方で私は誰が来たか分かってしまう。


(家からの使いって、呼び鈴の鳴らし方が優しいんだよね……)


 スフレイン家の品を保つためなのかなんなのか、使いの者は呼び鈴を繊細に奏でてくる。

 そして今、私を呼んだ音色はどこかの時代で聞いた風鈴の音のように穏やかだった。


「はいはい、おはようございます……」

「おはようございます、ローレリア・スフレイン様」


 扉を開くと同時に太陽の光が差し込んできて、私は自分の元を訪れた人物の顔を確認することができずに目を手で覆ってしまった。


「僕の表情に見惚れてくれたなんて、これはもう運命としか言いようがありませんね!」


 呼び鈴と同じく穏やかで優しい声質の彼が何を言っているのか理解できないままだったけれど、太陽の光を遮断するために男性を家の中へと招き入れた。


「はぁ、これでやっと普通に話ができますね……」

「シルヴィン・ジャスターと申します」


 聞いたことがあるようなないような名前を耳にして、太陽を避けるために下げていた視線を上げて来訪者を見る。


「ローレリア・スフレイン様の婚約者として、これから仲を深めて……」

「お帰りください」


 これが、第4の人生。

 婚約者シルヴィン・ジャスター様との出会いだった。