店に水龍の白波がやってきた。那沙は用意していた夢玉を差し出した。芳原から戻り、優李と一緒に見つけだした夢だ。
白の中に、金魚の赤いヒレがゆらりと揺れたような更紗模様の夢玉。
「金魚は芳原でしか生きられない、そう更紗に言われていたのだ。自分との恋は所詮あの町の中だけの戯れ、だからこの町を出たら忘れてほしいと。だが、納得したかったのだ。更紗のことを愛していた自分の気持ちに片を付けたかった。更紗も私のことを少しは思ってくれていたと、信じたかった」
白波は今にも泣きそうな顔をする。青い瞳を伏せた。
「きっと、よい夢が見られると思います」
「ありがとう。これでやっと気持ちの整理ができる。色々と面倒をかけたのだろう、焔から詳細を聞いた。大蜥蜴は私の伯父にあたるそうだ、こちらの屋敷に来てもらうことになった。悪いようにはしない」
白波は那沙が提示した価格よりも倍以上の金貨を支払い更紗の夢を持ち帰った。その夜は更紗の夢を見たことだろう。優雅に泳ぐ金魚の夢を、そして別れを告げたはずだ。
まどろみの中に美しい金魚が舞う。
白波様、心からお慕いしておりました。だから、どうか私のことは忘れて、あなたの生きる世界にお戻りください。あなたが幸せになることが、金魚である私の夢でした。
更紗……。
ぽたりと流れ落ちた涙は、凪いだ水面に波紋を作る。強かに揺れた水は再び静寂を取り戻した。
金魚の赤いヒレが、ゆらゆらと揺れて、白波を懐かしい夢が包み込む。
「更紗は踏鞴が重い病に罹っていることを知り、他の金魚に感染することを避けようと思ったのだろう」
優李の入れた茶をすすりながら茜がそう結論付けた。那沙も同じ意見であった。
踏鞴を自分の上客とし、他の客を取らなくなった。瀧が袖にされた理由もそれだ。病は更紗にも感染したのだろう。更紗は病に侵された自分の躯の処理を困らせないよう、火の中に身を投じた。
踏鞴は息子が芳原の病に感染していることを恥じた。病で息子が死んだと信じたくない気持ちも強かったのだろう。そこで瀧が更紗の客であったことを利用しようとしたのかもしれない。息子は金魚を使って瀧の御曹司に殺された――と。
「真偽のほどはわからない。だが、瀧が白あることは確かだ。瀧に迷惑が及ばぬように尽力したのだろうが」
「四つ尾に乱されたな。あの金魚、なぜあんなことをしたのか。瀧家に強い恨みがあったとしか思えないな」
四つ尾の言葉に真実があったとしたなら、それはたった一つ。
――更紗姐さんは水龍の白波様に恋をしていた――
「四つ尾さんは。更紗さんのことが大切だったんだと思います」
そう答えたのは優李だった。
「たぶん、たぶんですけれど、白波様がご結婚なさると聞いていてもたってもいられなくなったのではないでしょうか。更紗さんのことを忘れてしまったんじゃないかって、白波様を恨んだのかもしれません」
「それで白波様を陥れようとしたっていうのか、女は怖いねぇ。あぁ、優李は別だよ。君は四つ尾のようなことは絶対にしないだろうね。あ、そうだそうだ、焔様がちょくちょく顔を出すようになったんだろう? どうやら優李のことを気に入ったらしいね。那沙が横取りしてちょっと腹を立てていたよ」
カラカラと楽しそうに笑う茜に那沙は苦い顔を顔をする。茜の言う通り、焔は芳原から戻ってきた優李に何度も会いに来た。
「俺が妻にしようと思って身請けしたのに横取りされたってな。まぁ、半分冗談だろうけど、お茶、美味しかったよ、ご馳走様」
「茜、油を売っていないでさっさと帰れ」
「冷たいなあ。優李にその後を教えに来たっていうのに。そうだ、あの稚魚院、運営が変わるらしいよ。金魚はもう生まれてこないかもしれない。あの水、毒素が消えたみたいなんだ。なんでも池から魚の死体が上がったそうだよ。小さなフナだって。そのフナのせいじゃないかなんて聞いたけどね、定かじゃないね。伊邪那美様も本腰を入れそうだ。芳原はこれからいろいろと変わるのかもしれないね」
パタンと勢いよく扉が閉まる。
「茜のやつ、自分のことを棚に上げたな」
「どういうことですか?」
「茜は女だ」
「え……」
閑静な高級商店街に佇む夢屋から優李の悲鳴が響き渡る。
その翌年、豊玉姫と瀧白波の婚礼の儀が盛大に行われることになる。二人を祝福するようにどこからか梅の花びらが飛んできたそうだ。ひらひらと、まるで優雅に泳ぐ金魚のようであったと、優李は記憶している。
白の中に、金魚の赤いヒレがゆらりと揺れたような更紗模様の夢玉。
「金魚は芳原でしか生きられない、そう更紗に言われていたのだ。自分との恋は所詮あの町の中だけの戯れ、だからこの町を出たら忘れてほしいと。だが、納得したかったのだ。更紗のことを愛していた自分の気持ちに片を付けたかった。更紗も私のことを少しは思ってくれていたと、信じたかった」
白波は今にも泣きそうな顔をする。青い瞳を伏せた。
「きっと、よい夢が見られると思います」
「ありがとう。これでやっと気持ちの整理ができる。色々と面倒をかけたのだろう、焔から詳細を聞いた。大蜥蜴は私の伯父にあたるそうだ、こちらの屋敷に来てもらうことになった。悪いようにはしない」
白波は那沙が提示した価格よりも倍以上の金貨を支払い更紗の夢を持ち帰った。その夜は更紗の夢を見たことだろう。優雅に泳ぐ金魚の夢を、そして別れを告げたはずだ。
まどろみの中に美しい金魚が舞う。
白波様、心からお慕いしておりました。だから、どうか私のことは忘れて、あなたの生きる世界にお戻りください。あなたが幸せになることが、金魚である私の夢でした。
更紗……。
ぽたりと流れ落ちた涙は、凪いだ水面に波紋を作る。強かに揺れた水は再び静寂を取り戻した。
金魚の赤いヒレが、ゆらゆらと揺れて、白波を懐かしい夢が包み込む。
「更紗は踏鞴が重い病に罹っていることを知り、他の金魚に感染することを避けようと思ったのだろう」
優李の入れた茶をすすりながら茜がそう結論付けた。那沙も同じ意見であった。
踏鞴を自分の上客とし、他の客を取らなくなった。瀧が袖にされた理由もそれだ。病は更紗にも感染したのだろう。更紗は病に侵された自分の躯の処理を困らせないよう、火の中に身を投じた。
踏鞴は息子が芳原の病に感染していることを恥じた。病で息子が死んだと信じたくない気持ちも強かったのだろう。そこで瀧が更紗の客であったことを利用しようとしたのかもしれない。息子は金魚を使って瀧の御曹司に殺された――と。
「真偽のほどはわからない。だが、瀧が白あることは確かだ。瀧に迷惑が及ばぬように尽力したのだろうが」
「四つ尾に乱されたな。あの金魚、なぜあんなことをしたのか。瀧家に強い恨みがあったとしか思えないな」
四つ尾の言葉に真実があったとしたなら、それはたった一つ。
――更紗姐さんは水龍の白波様に恋をしていた――
「四つ尾さんは。更紗さんのことが大切だったんだと思います」
そう答えたのは優李だった。
「たぶん、たぶんですけれど、白波様がご結婚なさると聞いていてもたってもいられなくなったのではないでしょうか。更紗さんのことを忘れてしまったんじゃないかって、白波様を恨んだのかもしれません」
「それで白波様を陥れようとしたっていうのか、女は怖いねぇ。あぁ、優李は別だよ。君は四つ尾のようなことは絶対にしないだろうね。あ、そうだそうだ、焔様がちょくちょく顔を出すようになったんだろう? どうやら優李のことを気に入ったらしいね。那沙が横取りしてちょっと腹を立てていたよ」
カラカラと楽しそうに笑う茜に那沙は苦い顔を顔をする。茜の言う通り、焔は芳原から戻ってきた優李に何度も会いに来た。
「俺が妻にしようと思って身請けしたのに横取りされたってな。まぁ、半分冗談だろうけど、お茶、美味しかったよ、ご馳走様」
「茜、油を売っていないでさっさと帰れ」
「冷たいなあ。優李にその後を教えに来たっていうのに。そうだ、あの稚魚院、運営が変わるらしいよ。金魚はもう生まれてこないかもしれない。あの水、毒素が消えたみたいなんだ。なんでも池から魚の死体が上がったそうだよ。小さなフナだって。そのフナのせいじゃないかなんて聞いたけどね、定かじゃないね。伊邪那美様も本腰を入れそうだ。芳原はこれからいろいろと変わるのかもしれないね」
パタンと勢いよく扉が閉まる。
「茜のやつ、自分のことを棚に上げたな」
「どういうことですか?」
「茜は女だ」
「え……」
閑静な高級商店街に佇む夢屋から優李の悲鳴が響き渡る。
その翌年、豊玉姫と瀧白波の婚礼の儀が盛大に行われることになる。二人を祝福するようにどこからか梅の花びらが飛んできたそうだ。ひらひらと、まるで優雅に泳ぐ金魚のようであったと、優李は記憶している。