返事がないので呼びかけると、蒼は立ち止まってじっと一点を見つめていた。
視線の先にあるのは、公園だ。児童公園。

蒼が見ているのは、そのはじっこにある――ベンチ?

「……ひな。」
「ん?」

蒼がこちらを振り向く。晴れ晴れとした笑顔が、私に向けられる。
戸惑っていると、蒼がゆっくりと口を開いた。……そして。


「――もう、一人でベンチで泣いて、目ェこすって赤くしたりしないよな?」


「!」

息を、呑む。
聞き覚えがある言葉だった。
泣いている私に『彼』がかけてくれた言葉を、否応なく思い出す。

「……思い出したの? 全部?」

 声を震わせて尋ねる私に、蒼は笑顔でうなずいた。

「うん、全部。お前が口開けて寝てたことも。」
「ばか、余計なことまで思い出さないで!」

思わず叫び――そのまま抱きつく。
蒼は危なげなく抱きとめてくれて、私の背中を叩いた。
そして、優しい声で言う。

「……ただいま、ひな。」
「おかえり、……『茜くん』?」
「ばーか、もう『茜』じゃねーよ。」

笑いをふくんだ声で訂正した蒼が、私の頬に手を触れた。
まっすぐな黒い目が、私を正面から捉える。

「……二年も待たせてごめん。お前に、ずっと言えなかったことを言いたい。」
「うん。……言って、蒼。」 

蒼が笑う。
泣き出しそうな、それでも、精いっぱい幸せそうな笑顔。


「ずっと前から好きだった。絶対大切にするから、オレと付き合ってください。」
「もちろん!」


ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。

――大丈夫。もう、私たちは一人で泣いたりしない。
だって、二人が夢にまで見た奇跡の果てが、今ここにあるから。