ぎゅ、と掴んだうでに力を込めると、彼はほんのわずか眉間に皺を寄せた。

「今さら、そんなこと言っていい人ヅラ? ひなちゃん、僕のことを好きになれるかもしれないとかなんとか言ってたじゃん。」
「私がどっちつかずな卑怯者だってことなんて、私が一番わかってる。でも、それでも……お前の方がよほど卑怯だ、臆病者!」
「……は?」
「騙して利用して、搦手を使って、そうでもしなきゃ蒼に勝てないから! 私を使って蒼を傷つけようとした! それが卑怯以外のなんだっていうの!」

そもそも、とつけ加える。

「たしかに蒼は天才肌だけど、勉強にしたって部活にしたって、なんにも努力してないわけないだろ! 蒼は不器用で意地っ張りだから、自分が努力してるところを他人に見せたりしないだけ! ……それを、自分がうまくいかないことの言い訳するなっっ‼」

思い切り、叫ぶ。
さらに言い切って睨みつけると、彼は顔を険しくさせ、チッ、と大きな舌打ちをした。
そして、

「離せよ。」


私の手を、思い切り振り払った。


そして――私は、バランスを崩した。履きなれないヒールが、段差につっかかって身体が傾く。
歩道橋の階段のてっぺん。
ショッピングモールのエレベーターとは比べ物にならない高さで。

「え、」

ぐらりと傾ぐ私を見て、目を見開く直樹くんと視線がぶつかる。
やけに、視界にうつるものがゆっくり動く。

(あれ、これ、私、)

――死ぬ?
この歩道橋で?
あのノートに貼り付けられた新聞の中身が高速で頭をよぎる。事故。自殺。殺人。目撃証言。動揺して現場から逃げ出した女。
死んだはずの篠崎茜。二人目の篠崎茜。

(……もしかしてあの、新聞で、死んだ女子高生っていうのは、)

なら、彼が。
――『茜くん』が、どうあったって見つけ出したいとした、好きな人の死の真相というのは。

(ああ、でも、)

もう終わりだ。
死にたくないな。
……死ぬのは怖いな。
もう一回だけ、あと一回だけでもいいから、君の声が聞きたかった。


(蒼――)


「――ひな!」