――直樹くんが連れて来てくれたそのカフェは、レトロな雰囲気で、外観から内装までおしゃれなところだった。
暖色の光を発する天井の照明も、アンティークのような机のデザインもすてき。
店内には、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、ジャズが流れている。
ケーキはラズベリーソースのレアチーズケーキ。紅茶はダージリン。どちらも上品な味がして、直樹くんの言う通りとてもおいしかった。
……けれど。

「大丈夫? あんまり集中できてなかったみたいだけど……具合でも悪かった?それともやっぱり外で勉強するよりうちで勉強する頬がよかった?」
「ううん、大丈夫。私がそもそもあんまり集中力ないだけだから。ケーキもおいしかったし……教え方もわかりやすかったよ、ありがとう!」
「そう? ならよかったんだけど……。」

――夕方。
日も沈み、空は夕焼けの茜色から青色に変わり始めている。雲がほとんどないグラデーションの空の彼方には、ぽつんと一番星が輝いている。
……勉強会はやっぱり、あんまり集中できなかった。
せっかく直樹くんが誘ってくれたのに、私はほぼずっと上の空だったと思う。
それでろくにペンを進ませることもなく、ぼんやりとしていた。……ぼんやりと、茜くんのことを考えていた。

「夜ご飯はどうする? どこか食べに行く?」
「うーん、そうだなあ……私は、」

家で食べるから、帰るよ。最近いつも夜ご飯は、茜くんと一緒に作るから――。 
そう言おうとして、ハッとする。
……私は彼に、家を出ていけと言った。
もう家に帰っても、茜くんはいないんだ。

「……直樹くんがよければ一緒に食べない?」
「ほんと? やった。」

私から誘うと、彼は嬉しそうに笑う。
こんな私といることで、本当に嬉しそうにしてくれる。
……やっぱり、蒼のことを諦めて、直樹くんと付き合った方が、私は幸せなのかもしれない。

「じゃあ、国道の向かいに新しくできたレストランがあるらしいから行ってみない? ファミレスだから、値段もリーズナブルだしさ。」
「そうなの? わかった、じゃあそこにしよう!」
並んで歩き出し、そのまま近くの歩道橋を渡るべく、階段を上る。低いとはいえヒールがある靴なので、あのエスカレーターの時のように足を滑らせて落下しないように気をつけながら。

(……あれ? 歩道橋って、)

そういえば、あの、謎のノートの記事。
例の『事故』のあった日付と場所は――。

「あ、ごめんひなちゃん。親から電話だ、夕飯食べないこと言ってなかった。ちょっと出てくるから待ってて!」
「あ、うん、」

橋の真ん中あたりに差し掛かったとき、不意に直樹くんのスマホの着信音が響いた。
彼はごめんね、とすまなそうに言うと、さっと私のそばを離れた。……親と話しているところを聞かれるのが気はずかしいのかも、と思って、ちょっとだけ微笑ましくなる。
私は直樹くんの背中を横目に、橋の欄干に寄りかかった。橋の下をのぞくと、ごうごうと音を立てながら車が走っていっている。
車が走るたびに、歩道橋が揺れる。
今まで意識したことなかったけど、歩道橋って結構高いんだな……。


「宮野さん?」


――出し抜けに。
鼓膜を打った声に、弾かれるようにして振り向いた。