「は……?」
茜くんが、そう漏らして目を見開いた。
「ううん、あなたは、『茜くん』ですらない!」
「……ひな、さっきからお前何言って、」
私の言っていることの、意味がわからない。
――そういう態度を取ろうとしたのであろう彼の言葉尻が、ほんの少し、震えるのがわかった。
そこに、この期に及んで隠し事をしようとする空気を感じ取り、私は悔しさと怒り、悲しみにぎり、と奥歯を噛みしめる。
「あなたは茜くんじゃない。そんなはずがない。」
だって、と続ける。
「――篠崎茜は、もうとっくに死んでるんだから!」
お母さんは刑事・民事どちらも手広く扱う弁護士だ。フットワークも軽い。だからこそ顔が広く、凄腕の探偵や警察の人とも繋がりがある。
その繋がりを利用して、すぐにお母さんは『篠崎茜』について調べてくれた。
そうしたら、わかったのだ――篠崎茜は、いや、『佐原茜』は、数年前に事故で亡くなっていた。中学生になる時に子供のいない夫婦の養子になった彼は、名字が変わったあとすぐに死んでしまったのだ。
「ねえ、『茜くん』……あなたは一体何者なの? 死んだと思われた茜くんが生きてたってこと? そんなわけないよね。事故死の記録はちゃんと残ってた……。」
「ひな、」
「親とケンカしたっていうのもウソ、家出もウソ、名前もウソ。何もかもでたらめだった。あなたは、なんのためにうちに来たの? 何が目的なの?」
別人ならばなぜ、彼は蒼とそっくりなのか。
整形した? なんの理由があって? どうしてうちに来なければならなかった? どうして『篠崎茜』と身分を偽る必要があった?
「……何も言わないの?」
――目の前の『茜くん』は真っ青になっていた。
蒼白、を通り越して、紙のような白い顔色。
「何か言ってよ! 説明してよ! どうしてこんなことをしたのか、あなたは誰なのか!」
「……蒼が、何か言ったのか? だから――、」
「今、質問してるのは、私!」
得体の知れない、ただの他人。目的もわからず家に入ってきた不審者。
――そう断じるには、彼の雰囲気やまとう空気は蒼や、かつての茜くんに似すぎていた。容姿もしかり――だからこそ、私とお母さんは、そして従兄である蒼も、彼を『篠崎茜』だと信じて疑わなかった。
私は決して注意力・洞察力に優れているというわけではないけれど、蒼とお母さんは別だ。二人とも私よりもずっと頭がよくて、注意力がある。
その二人が、蒼のお母さんからもたらされた情報ではじめてウソに気付いた。……そのこと自体が、異常なんだ。
「……『茜くん』、教えてよ。本当はあなたが誰で、何がしたいのか。」
彼がここに来た理由は、あの『ノート』の『事件』について調べるためなのかと思っていた。
――でも、今はそれも疑わしい。
なぜならお母さんが『二、三年前にあの歩道橋で起きた死亡事故なんてなかったはずだ』と言っていた。じゃあ、あの新聞記事はなんなんだ、と言う話になる。
この町にある歩道橋によく似た歩道橋で起きた死亡事故の記事? でもだとしたら彼は、あのノートをなんのためにここまで持ってきていたの?
「――私、この二週間くらい、ずっと楽しかった。
デートはドキドキしたし、一緒にご飯を作って食べて、おしゃべりして、勉強も教えてもらって……。年上の彼氏ができたようにも、お兄ちゃんができたようにも思ってた。」
……本当に、楽しかったんだよ、『茜くん』。
ぎゅ、とこぶしを握り込む。目頭が熱くなる。
「蒼にふられて落ち込んでる私を元気づけてくれたこと、私にはあれがウソだとは思えない。あなたが何をしたいのか、何を考えてるのかさっぱりわからないけど……それでも私はあなたが悪い人だとは思いたくないし、思えない。」
だから、何か言って。
私が納得できるような説明をして。
お願い――。
「……言えないの? なにも?」
しかし、茜くんは黙っていた。
手をきつく握り締めて、見たこともないほど動揺した顔のまま、岩のように黙っていた。
私は唇を噛んだ。
「……ごめん、ひな。今オレが何を言っても、信じられないと思うから、」
「……。」
「だけど、一つだけ。……頼むから、今日出かけることだけはやめてほしい。」
茜くんが、そう漏らして目を見開いた。
「ううん、あなたは、『茜くん』ですらない!」
「……ひな、さっきからお前何言って、」
私の言っていることの、意味がわからない。
――そういう態度を取ろうとしたのであろう彼の言葉尻が、ほんの少し、震えるのがわかった。
そこに、この期に及んで隠し事をしようとする空気を感じ取り、私は悔しさと怒り、悲しみにぎり、と奥歯を噛みしめる。
「あなたは茜くんじゃない。そんなはずがない。」
だって、と続ける。
「――篠崎茜は、もうとっくに死んでるんだから!」
お母さんは刑事・民事どちらも手広く扱う弁護士だ。フットワークも軽い。だからこそ顔が広く、凄腕の探偵や警察の人とも繋がりがある。
その繋がりを利用して、すぐにお母さんは『篠崎茜』について調べてくれた。
そうしたら、わかったのだ――篠崎茜は、いや、『佐原茜』は、数年前に事故で亡くなっていた。中学生になる時に子供のいない夫婦の養子になった彼は、名字が変わったあとすぐに死んでしまったのだ。
「ねえ、『茜くん』……あなたは一体何者なの? 死んだと思われた茜くんが生きてたってこと? そんなわけないよね。事故死の記録はちゃんと残ってた……。」
「ひな、」
「親とケンカしたっていうのもウソ、家出もウソ、名前もウソ。何もかもでたらめだった。あなたは、なんのためにうちに来たの? 何が目的なの?」
別人ならばなぜ、彼は蒼とそっくりなのか。
整形した? なんの理由があって? どうしてうちに来なければならなかった? どうして『篠崎茜』と身分を偽る必要があった?
「……何も言わないの?」
――目の前の『茜くん』は真っ青になっていた。
蒼白、を通り越して、紙のような白い顔色。
「何か言ってよ! 説明してよ! どうしてこんなことをしたのか、あなたは誰なのか!」
「……蒼が、何か言ったのか? だから――、」
「今、質問してるのは、私!」
得体の知れない、ただの他人。目的もわからず家に入ってきた不審者。
――そう断じるには、彼の雰囲気やまとう空気は蒼や、かつての茜くんに似すぎていた。容姿もしかり――だからこそ、私とお母さんは、そして従兄である蒼も、彼を『篠崎茜』だと信じて疑わなかった。
私は決して注意力・洞察力に優れているというわけではないけれど、蒼とお母さんは別だ。二人とも私よりもずっと頭がよくて、注意力がある。
その二人が、蒼のお母さんからもたらされた情報ではじめてウソに気付いた。……そのこと自体が、異常なんだ。
「……『茜くん』、教えてよ。本当はあなたが誰で、何がしたいのか。」
彼がここに来た理由は、あの『ノート』の『事件』について調べるためなのかと思っていた。
――でも、今はそれも疑わしい。
なぜならお母さんが『二、三年前にあの歩道橋で起きた死亡事故なんてなかったはずだ』と言っていた。じゃあ、あの新聞記事はなんなんだ、と言う話になる。
この町にある歩道橋によく似た歩道橋で起きた死亡事故の記事? でもだとしたら彼は、あのノートをなんのためにここまで持ってきていたの?
「――私、この二週間くらい、ずっと楽しかった。
デートはドキドキしたし、一緒にご飯を作って食べて、おしゃべりして、勉強も教えてもらって……。年上の彼氏ができたようにも、お兄ちゃんができたようにも思ってた。」
……本当に、楽しかったんだよ、『茜くん』。
ぎゅ、とこぶしを握り込む。目頭が熱くなる。
「蒼にふられて落ち込んでる私を元気づけてくれたこと、私にはあれがウソだとは思えない。あなたが何をしたいのか、何を考えてるのかさっぱりわからないけど……それでも私はあなたが悪い人だとは思いたくないし、思えない。」
だから、何か言って。
私が納得できるような説明をして。
お願い――。
「……言えないの? なにも?」
しかし、茜くんは黙っていた。
手をきつく握り締めて、見たこともないほど動揺した顔のまま、岩のように黙っていた。
私は唇を噛んだ。
「……ごめん、ひな。今オレが何を言っても、信じられないと思うから、」
「……。」
「だけど、一つだけ。……頼むから、今日出かけることだけはやめてほしい。」