しかし。
そう、心臓が縮み上がった、まさにその瞬間だった。
腕を強い力で引かれ、私はそのまま後ろに――二階の地面に倒れ込んだ。ばさりと音がして、服と靴が落ちたショッパーからはみ出る。
はあ、はあ、はあ、はあ。
エスカレーターに差し掛かったふくらはぎが、がうんがうんと動き続ける階段の感触を伝えてくる。そして、誰かに抱き止められている感覚。

「はっ、は……大丈夫か、ひな⁉ 怪我は⁉」
「っ、う、うん……、だいじょうぶ、」
「そ、か。ならよかった……。」

蒼が私の頭上で、ほっとしたように息をつく。
……今、私、落ちかけた?
それで……蒼が助けてくれたの? 腕を引いて、後ろに倒れ込む私を抱き止めて?

「蒼、ごめん、あ、ありがと……!」

蒼に縋りつくような体勢のまま、声を絞り出す。
意図せず、身体がガタガタ震える。
……蒼が助けてくれなかったら、やばかったかもしれない。下手をすると、死んでいたかも。
そう思うと、震えはいよいよ止まりそうになかった。

「なになに? どうしたの?」
「大丈夫―? 転んだ?」

そして今の騒動が聞こえたのか、周りの人たちが集まってくる。
蒼は群がってくる人たちをぐるりと見回すと、さっと立ち上がる。そして、私のことも立ち上がらせた。

「……とりあえず、ここは目立つ。移動するぞ、立てるか?」
「う、うん。ありがとう、」

何度目かになるお礼を言うと、私はおずおずと蒼の手を取った。
そして、人と人のあいまを縫って、いつの間にか出来ていた人垣の外へ脱出。
……はぐれないようにするためか、繋いだ手がとてもあたたかくて。
私はなんだか、涙が出そうになった。







「――ほら、これ。あげる。……落ち着いたか?」
「え、いいの? ありがとう、蒼。」

エスカレーターから少し離れたベンチ。いつの間にか近くのコーヒーショップに寄っていたらしい蒼は、私に冷たいアイスティーを渡してくれた。
アイスティーには、すでに一個分ガムシロップが入っていたようで、少しだけ甘かった。……私が少し甘い紅茶を好きなこと、蒼は覚えてくれていたらしい。思わずきゅんとときめきそうになって、ときめくな、って自分に言い聞かせる。

……やっぱり、蒼は優しい。
エスカレーターは足場が不安定だ。自分だって危なかったかもしれないのに、階段から落ちそうになっていた私を助けてくれた。今も、私を元気づけるように飲み物をおごってくれたけど、貸しにしたり、恩に着せたりしない。

(蒼はいざという時、自分の危険も顧みず、ひとを守ろうとする。やっぱり、蒼は、)

変わってないんだ。
私に四つ葉のクローバーを渡してくれたあの時からずっと、優しいままだ。
……だからこそ、どうしてあの時あんなことをしたのか、気になってしまう。今さら、聞く勇気はないけれど。