直樹くんが、目を大きく見開いた。
 私は慌てて「ちょっと!」と声を上げた。
 一体、いきなり何を言い出すのだろう。
 それに、なんだか茜くんの様子もおかしいような気がする。ショッピングモールで蒼とばったり会ったときだって、もう少し冷静だったはずだ。それを――。

「どうしたの茜くん! なんでそんないきなり喧嘩腰なの⁉」
「……。」
「わ、私が言うことじゃないかもしれないけど……弱ってたり、落ち込んでるころに近づいて距離を詰めるっていうのは、恋のための戦略って言うじゃない。こと恋愛の話なんだから、少しぐらいズルいことなんて、誰だってすると思う……!」

私が言っても、茜くんはひややかな目で直樹くんを見つめているばかり。
 そして直樹くんはというと、彼は戸惑うような、動揺したような表情で茜くんを見返していた。
 ……そのまましばらくの間、辺りは重たい沈黙で満ちていたけれど――ややあってから直樹くんが口を開いた。

「たしかに、僕の考えは足りなかったのかもしれない。でも、僕の気持ちまで部外者に否定されるいわれはない。そうでしょう?」
「……そうかもな。でも、口は出させてもらうぞ。オレは居候を許可してもらう代わりに、ひなの母親からひなについて頼まれてるんだ。トラブルの種はなるべく潰しておきたい。」
「それで迎えにまで? 過保護すぎる気がしますが。」
「それこそ、部外者に口出しされる謂われはないな。……ひな、行くぞ。」
「わっ! え、ちょ、茜くん⁉」

 ぐい、と手を引かれるまま、ついていく。私はすっかり慌ててしまって、ろくな抵抗もしなかった――できなかった。
 困って直樹くんを見ると、こちらの視線に気づいた彼は、強張っていた表情をゆるめ、困ったような笑みを浮かべて見せた。……こうなったらしょうがないよな、という感じの笑みだ。

「残念だけど、今日は居候のお兄さんに譲るよ。じゃあねひなちゃん。」
「え、あ……うん。またね!」

 手を引かれたまま応えて、私はそのまま茜くんの後を走ってついていく。
 茜くんは無言で歩き続け、こちらを振り返ろうともしない。早く歩きすぎないように配慮してくれてはいるけど、何も話さない時間が肌に刺さって痛い。

(怒ってる……?)

 いや、というより……警戒してる?
 蒼の時は、たぶん茜くんは怒っていた。それはおそらく、蒼が私をこっぴどく振ったことを知っていたからだ。
 でも、これは、あの時とは少し違うように思う。どこがどう違うのかというと、具体的には言えないけど――。

「あ、かねくん、なんであんなふうな態度だったの? 私別に、直樹くんに迷惑かけられてないよ? むしろ私が迷惑かけてるくらいで、」
「……。」
「茜くんらしくないよ……。本当にどうしちゃったの?」

 俯いて、言うと。
 ずんずんと歩いていた茜くんが、不意にぴたりと足を止めた。
 はっとして顔を上げれば、彼は眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。


「――『茜くんらしい』って、何? ひな。」