――とぼとぼと歩いて昇降口に辿り着いたところで、不意に、背後から声をかけられた。

「ひなちゃん!」

 聞き覚えのありすぎる声に、ぎくっとして肩を揺らしてしまう。
 聞き間違えるはずがない。今日一日、私が勝手に避けてしまっていた相手だ。

「直樹くん……、今帰り?」
「うん、そう。今日部活オフでさ。」

 避けてた手前、ものすごく気まずい……!
 それでもなんとか振り返ってそう聞くと、彼は案外あっさりとそう答えた。
 ……あれ。もしかしてこれ直樹くん、私が避けてたこと、気づいてない?

「ひなちゃんも今帰りならさ、一緒に帰らない? 方向一緒だっただろ?」
「へっ⁉」

 そ、それは……大丈夫なのかな。
 また新しい火種になるかもしれない、と思うとちょっと尻込みしてしまう。
 私が何も言えずに慌てていると、直樹くんがおもむろに眉を下げた。

「……やっぱり、ひなちゃん、今日僕のこと避けてた?」
「えっ……。」

 やっぱり、気づかれてた⁉ 
 虚を衝かれて誤魔化すタイミングが遅れてしまえば、直樹くんは「やっぱり、そっか。」とつぶやいた。

「ごめん。困惑させてることはなんとなくわかってたんだけど、早く距離を詰めたいって思っちゃってたからさ、つい……。」

 迷惑だったかな、と言って私を見る直樹くんは少し沈んだ表情だ。
ああ、理子の言う通り、私はさりげなく振る舞うことも、とりつくろうこともうまくできていなかったらしい。

「迷惑なんて、そんなことないよ……。」

 たしかに突然告げられた直樹くんの気持ちにはびっくりしたけど、嬉しかったのは本当だ。
 どうして彼が私を好きになってくれたのかはわからないけれど、それだけは本当だった。
 ……ただ、私がどっちつかずなのが悪いだけだ。

(蒼に気持ちを残したまま、直樹くんと付き合うのは、気が引けたから……。)

久保さんたちにはあんな啖呵を切ったけど、私だって直樹くんに甘えて、いまだにフラフラしてる自分なんて嫌いだ。

「私こそ、曖昧な態度でごめん。早く吹っ切らなきゃと思ってるんだけど。」

 十年近くくすぶり続けた恋心は、根深くてしぶとい。
 そしてその恋心に由来する、蒼に対する「期待」は、あんな場面を目の当たりにして――気持ち悪いとまで言われても、まだ消えようとしない。彼の酷い態度にも理由があるんじゃないかって、そう考えてしまうんだ。
 ――だって蒼が、私が本音をぶちまけた時、あんなうろたえた態度をとるから。
 私のことが嫌いなら、もう近づかないって怒鳴る私を、「せいせいした。」って冷たく突き放してくれればよかったのに――。

「……正直なところ、僕にも焦る気持ちはあるんだ。好きな子が、他の奴の……しかも自分の友達のことが好きだなんて、嬉しい状況のわけがないし。」
「うん、そう、だよね。」
「でも、そういう真面目なところも好きだから。ひなちゃんは吹っ切れずに曖昧な態度とってるって謝るけど、それって違うふうに受け取れば、僕を好きになるために真剣に悩んでくれてるってことだろ?」
「直樹くん……。」
「考え方は人それぞれだけどさ。……蒼に目移りしそうなまま僕と付き合ってくれるより、気持ちに整理をつけたいから保留、って言ってくれた方が、僕は誠実だと思う。」

 直樹くんが、安心させるように微笑む。
 フォローしてくれる優しさが胸にしみる。それと同時、自分がふがいなくもなった。
 本当にこんなにいい人が、私を好きになってくれるなんて信じられない。

「ありがとね。」
「いーえ。いいんだってば、僕はひなちゃんのその、頑固なところも好きになったんだから。」
「が、頑固……。」

 今まで言われたことはなかったけど、指摘されてみればたしかにそうかも。なんだか恥ずかしいというか、なんというか。

「で、一緒に帰るのは大丈夫? 人目もあんまりないから、平気だよ。」
「……そうだね。というか、友達と一緒に帰ったからって文句を言われる方が変だよね!」
「そこは早く彼氏に昇格してほしいところだけど。彼氏だったらもっと文句言われないだろ?」
「直樹くん様は待ってくださると仰せだったので……。」
「あ、開き直った。」

 あはは、と二人で笑い合いながら校舎を出る。
 ……直樹くんは優しいし、かっこいいし、私の気持ちを察してくれる。一緒にいてとても楽だし、話しているのも楽しい。気まずくなっても、またすぐに笑いあえた。
 対して、蒼とは視線が合いそうになるたびに、いろんな意味で心が揺さぶられる。気まずさ、拒絶される恐怖、ときめき、怒り、悲しみ。……それから、好きだという気持ち。
 恋は楽しいもの、という人がいる。それが正しいなら、私は直樹くんと付き合うべきだ。
 一方で、恋は苦しいもの、という人がいる。それが正しいなら、私はやはり蒼のことが心から好きなんだろう。

「なんか、校門のところに他校の男子いない?」