茜くんは優しくて、かっこいい。いい人だ。その気になれば、これからいくらでも幸せになれるだろう。
 ――それでも、もしも彼が前に進むために、好きな人の死の真相を暴くことが必要なんだとしたら。
 何か一言でも言ってくれたら、私はなんだって協力するのに。

「聞いてくれてありがと、理子。そろそろ帰ろっか!」
「そーね。今日は部活もオフだし……、あ。」
「ん?」

 立ち上がった理子が、教室の外を見て一瞬固まる。
 なんだろうと思ってその視線の先を見て、私も目を見開いた。
 開いた扉から見える、ろうか。そこを、ちょうど蒼が通りがかるところだったのだ。

「……あ、」

 蒼もこちらの視線に気がついたのか、一瞬、足を止める。
 しかし、僅かに眉をしかめると、そのままスタスタと歩いていってしまう。
 それを見て、次の瞬間、私は思わず声を上げていた。

「ま、待って、蒼!」
「え、ひな⁉ ちょっと!」
 
理子が驚いた様子で私の名前を呼んだが、私はそのまま教室を飛び出して、蒼のあとを追った。
 なんで私、蒼を追いかけてるんだろう。飛び出しておきながら、自分でも理由がわかっていなかった。
 ……顔を逸らされて、さっさとどこかに行こうとされて、ショックだったから? 
 それとも何か違う理由? ……やっぱり、わからない。

 ――でも、このまま放っておいたら、なぜだか、
 もう二度と蒼と普通に会話をすることもできなくなるような、そんな気がしたから――。

「蒼……ッ!」
「……なんだよ。」

 気がついたら、蒼はろうかのはじっこで止まって、私が追いつくのを待ってくれていた。眉間にしわを寄せたまま、どこか不機嫌そうに私を見ている。
 肩で息をしていると、蒼はぶっきらぼうに、「モップかけたばっかの廊下、走るなよ。あぶねーだろ。」と言う。私は目を瞬いた。

「……心配してくれたの?」
「別に、そういうわけじゃ……ふつーだろ、このくらい。」
「そっか……。」

 ……やっぱり、蒼、優しいな。
 あんまり仲良くもなくなったし、振る舞いも言葉もぶっきらぼうではあるけど、蒼は昔も今も優しいままだ。私のためにクローバーをゆずってくれたあのころから、変わっていない。

 私はそこまで考えて、視線を足元に投げた。

 ……それなのに。
 彼はまだ優しいままなのに、どうしてあんなことをしたんだろう。
 私と付き合いたくないだけなら、手紙を回し読みなんかしなくたってよかった。普通の蒼なら、きっぱり断るだけにしたはずだ。