「……ってことがあったんだけど。やっぱり、私が思わせぶりだったのが悪いのかな。」

 放課後の、隣のクラスにて。
 昼休みの一件があってから、ほとんど針のむしろにいる気持ちで午後の授業を受けていた私は、クラスで行われたホームルーム終わってすぐに自分のクラスを出て、理子のいる隣のクラスに飛び込んだ。
 そして、今日あったことを理子に聞いてもらったのだ。

「え! すごいじゃんひな、言い返してやったんだ! ナイス!」

 ……そうしたら、理子から返ってきたのはこの返答。ほっとして、力が抜けた。
 針の筵のようだった午後、実はずっと悶々と考えていたんだ。やっぱり私がおかしいんじゃないかって。間違っているんじゃないかって――。

「そりゃあさ、ひなの行動を思わせぶりだって思う人だっていると思うよ? でも、あやふやのままにしようよ、これから惚れさせるから別にいいよ、っていうふうに持って行ったのは佐古本人なわけでしょ?」
「ほ、惚れさせ、って……、理子!」
「なら部外者にとやかく言われる筋合いないじゃん。ひなの言い分、おかしくないよ別に。」

 きっぱり言った理子が、ふん、と鼻を鳴らす。

「というか、もし佐古が望んだことじゃなかったとして、ただ佐古のことを好きな女子が文句言ってくるのも違くない? たとえば佐古とすごい仲良しな男子とかがさ、『オレの親友に、思わせぶりな態度取るのやめてくれない?』とか言ってくるならまだしも。自意識過剰で調子に乗ってるのはどっちだっていうね。」
「り、理子、そのへんで……。」

 思ったことをなんでもズバズバ言う理子の毒舌は止まらない。
 理子に遠慮がないのはいつものことだけれども、私のことで巻き込んで理子まで嫌な思いをしたら嫌なので、きりのいいところで止めておいた。
 ……でも、正直なところ、嬉しいものは嬉しい。
 親友が味方になってくれることほど、心強いことはなかった。

「もうあたしは付き合っちゃえばいいのに! って感じだけど、ひなとしては踏ん切りがつかないんだよね?」
「うん……未練がましいとは思うんだけど。」

 蒼にも直樹くんにも迷惑をかけてる自覚はあるけれど。
 そこをうやむやにしたまま、直樹くんと付き合うことはできない。

「いいんじゃない? 佐古は待ってくれるって言ってるんだし、待たせちゃいなよ。いっぱい悩んで、いっぱい考えてから決めればいいって。ひな、まじめなんだし。」
「うん、そうする。理子、ありがとう。」

 ほっとしてそう言うと、理子は苦く笑ってみせた。呆れたような笑みだったが、温かみのある目をしている。

「いいのいいの。……あーでも、残念だなー。あたしとしては、あの年上イケメンと付き合ってほしかったのに。ひな、楽しそうだったし。」
「また言ってる……。だから茜くんには好きな人がいるんだってば。」

 言いながら、私は視線を足元に落とした。

 ……茜くんの好きな人、か。

私には考える余地がある。悩む余地がある。蒼への気持ちが吹っ切れたら、新しい恋を見つけることもできる。……でもそれは蒼が生きていて、私をすでに振っているからだ。

もしも、振られないまま蒼が亡くなってしまったりでもしたら――私は次の恋へ踏み出すことができただろうか。たらればは無意味だとわかっていても、考えてしまう。

――死者の思い出は、奇麗なまま心の柔らかいところに焼き付く、という。
生者は死者に勝てないのだそうだ。死んでしまって、そこで終わりだからこそ、好きな人の死は心の奥底に刻み付けられる。

(茜くんも、いつか吹っ切れる時が来たらいいな……。)