――そしてその翌日、火曜日の昼休みのことだった。
 昼食を食べ終え、歯を磨き終わった私を囲うようにして、クラスメイトの女の子たちが声をかけてきた。いわく――顔を貸せ、とのこと。

「ちょっとついてきてくれる? 宮野さん。」
「あ、うん……。」

声をかけてきたのは、クラスの女子のリーダー格である久保さんと、佐野さんと、井上さん。
華やかな雰囲気の美人さんたちで、蒼たちのグループと仲がいい、いわゆるカースト上位の女子たち。
ついてきてくれる? と、一応は伺う感じではあったけど、有無を言わせない迫力が彼女らにはあった。
剣呑な雰囲気と、やや尖った声音に、あんまりいい予感はしない。


「あのさ、宮野さん。いったいどういうつもりなわけ?」

 ――そして案の定、私はあんまり楽しいとは言えない状況におちいっていた。
 連れてこられたのは、あまり人気のない北校舎の階段の、踊り場。
照明も古くてあたりも暗く、私たち以外に人の気配もない。三人と自分だけという状況に、心細さがつのる。
少女漫画でよく見るシチュエーションだな、なんてぼんやり考える。ヒロインが、ライバルの女子たちに詰め寄られて、ピンチになったらヒーローが駆けつけてくれるんだよね。本当にこんなことって、実際にあるんだ。呼び出し、なんて。

――ああそれに、なんという皮肉だろう。
既に『ヒーローに』こっぴどく振られている私が、少女漫画のヒロインみたいなポジションにいるだなんて。

「どういうつもり、っていうのは……?」

 けれど、私のヒーロー――蒼は、きっと助けに来てくれない。いや、そもそも蒼が私のヒーローなどと思うのも、失礼なのかもしれない。

 それなら私が、一人で全部なんとかしなくちゃ。

「わざわざ言ってあげなきゃわかんないの? 蒼に告白しておいてすぐに年上の男とデートなんてしておいてさあ、しかも直樹にまで粉かけてるって言うじゃん。あたしらはそれがおかしいんじゃないかって言ってるの。」
「はっ? ちょっと待って。こ、粉かけ……って、」

 あまりの言いように、私は目を見張る。
 粉をかける、なんて、そんな心当たりはない。

「そりゃあさあ、蒼に振られて、すぐに他の年上の男に乗り換えるんだーっていうのも、あたしたちとしては蒼の友達として? むかついてたけど、それは見逃してたわけじゃん。蒼に振られたやつが他の男と何してようが、まあ、こっちには文句言う筋合いもないわけだし。」
「でもさー、それで直樹をたぶらかすのって違わない? あんたさ、男なら誰でもいいわけ? 蒼にこっぴどく振られてカワイソ~って思ってたけど、ここまでされたらさすがに看過できないんだけど?」

口を挟む間もなく捲し立てられて、私は青ざめる。
……男なら誰でもいいとか、茜くんに乗り換えるとか、そんなことは絶対にない。ありえない。
そもそも茜くんはただの幼なじみで、私を妹分として特別可愛がってくれてるだけだ。世話を焼いてくれてるのも、居候先の娘だからってだけ。
私は今でも蒼のことが好きだ。
 ……でも、佐古くん――直樹くんのことは……。

(いやでも、粉をかけたわけじゃない。私はただ、告白されただけ……だし)

「しゃ……写真のことは、あれはただ、蒼……篠崎くんの従兄と買い物に行ってただけ。付き合ってるとか、蒼に振られたからすぐに乗り換えるとか、そんなんじゃないよ。」
「はあ? じゃあ、直樹のことはどう説明するわけ? あんたがたぶらかしたんでしょ?」
「たぶらかしてなんかないよ!」

……私だって驚いたのだ。彼の気持ちに、全然気づけていなかったから。
それに、佐古くんが私のことを好きかもしれないって気づいてからは、思わせぶりな態度を取った覚えもない。たしかに昨日、きっぱり断れなかったのは、まずかったのかもしれないけど――。
それでも、まだ蒼を諦めきれない私のことを待ってるって言ってくれたのは、直樹くん自身だ。

「それに、どうして直樹くんが私を……ってこと、知ってるの?」

もし彼があらかじめ『宮野雛子のことが好き』と公言していたのなら、彼女たちがここまで怒ることはなかったはずだ。
……ということは、直樹くんは自分の気持ちについて、昨日までは隠していた、ということになる――少なくとも、久保さんたちの前では。
 それなのに、昨日の今日で、どうして彼が私に告白したことが広まってるのだろう?