俯き――私はそのまま、頭を下げた。
私は、まだ蒼のことが好きだ。だから、佐古くんと付き合うことはできない。

(それに――まだ、完全にあきらめられてないんだ)

 我ながら、バカだとは思う。
 ……蒼は私のこと、どうでもいいのかもしれない。あんな振り方をしたんだから、恋愛感情なんてあるはずがない。
 でも、茜くんとデートをしていた私を見た時、蒼はたしかに動揺してたんだ。
 だからまだ、希望はあるんじゃないかって――そう思ってしまうのだ。

「……やっぱり、そっか。」
「うん、本当にごめんね。」

 佐古くんの声は残念そうだったけど、「やっぱりか。」というような響きを持っていた。
 きっと佐古くんは、私がまだ蒼への気持ちを捨てられていないことに、心のどこかで気が付いていたんだろう。

「でも、宮野さん。この期に及んでって感じだけど……少し時間をくれないかな?」
「え?」
「蒼への気持ちが吹っ切れたら、僕にもまだ可能性はあるだろ?」

 予想外の言葉に驚いて佐古くんを見ると、彼はちょっぴり不敵に笑っていた。

「僕は宮野さんの気持ちが蒼から離れるのを待つ。……大丈夫、今までずっと待ってきたんだから、待つことなんてどうってことないよ。だからさ、もし蒼のことを忘れられそうだって思ったら、その時もう一回、僕と付き合うこと、考え直してみて。」
「佐古くん……。」
「あ、それもナシ。」

 びし、と、彼が私に人差し指をつきつける。
 何がナシ? と思っていると、佐古くんはすぐに続ける。

「僕のことも名前で呼んでよ、蒼みたいに。」
「えっ⁉」
「僕も雛子って呼ぶから。あ、もしかして『ひな』の方がいい? ……別に変じゃないよ、男女だって友達なら名前呼びくらいするだろ?」
「そ、それは……、」

 そうかもしれないけど。だがそれは、クラスの中心的な生徒である男女なら、な気もする。

「ダメ?」

 佐古くんが首を傾ける。そのあざとい仕草に、私は言葉につまった。
 ……でも、よく考えたら、今さらでもあるか。まさしくクラスの人気者の蒼のことは呼び捨てて、しかも告白までしておいて、いちいち気にする頬がおかしいのかも。

「ダメじゃない、けど。でも……なんか恥ずかしいし、直樹くん、でいいかな?」
「ん、わかった。じゃあ、僕は『ひなちゃん』でいくね。」

 佐古くん――直樹くんが、にこっと、嬉しそうに笑う。

「ひなちゃん。僕が『待ってる』間は、付き合うとか考えないで、友達として仲良くしてくれればいいから。」
「あ、うん……、」
「じゃ、また明日!」

 手を振って、空き教室をあとにする直樹くん。
 私は一人、その後ろ姿を見送って――そして、思う。

 ――もし蒼のことを忘れられそうだって思ったら、その時もう一回、彼と付き合うことを考え直してみる、なんて。
 私、もしかしたら、とんでもない約束をしてしまったんじゃないだろうか。