放課後、四時半ごろ。
 佐古くんが指定したのは、ふだんあまり使われていない空き教室だった。
 帰りのホームルームのあとにある掃除を終わらせ、私はそのまますぐに指定された場所に向かう。

「あ、宮野さん。ありがとな、来てくれて。」

 あまり踏み入れたことのない空き教室の扉を、おそるそろう開ける。すると、すでに着いていたらしい佐古くんが、教室に入ってきた私を見て笑顔になった。
 もう夕方と言ってもいい時刻だが、初夏の空はまだ真っ青で明るい。対照的に、人気がない空き教室は妙に物静かだった。

「ううん、約束なんだし、当たり前だよ。……それで、話って?」
「……うん。」

 私が聞くと、佐古くんは大きく息を吸い込んだ。そして、私を見る。

「……蒼とのことがあってばかりで、しかも出鱈目な噂が出回ってるこの時に、言うべきことじゃないとは思うんだけど。」
「うん。」


「――僕は、宮野さんのことが好きだ。付き合ってください。」


 真剣な声が、耳を打つ。
 私はぽかんと口を開けて、佐古くんの顔を見つめた。

「中学生の時くらいからかな。ずっと好きだったんだ。クラスは一緒になったことはなかったけど、委員会とかでは一緒だったこともあっただろ? その時から、笑った顔がかわいいなって……。」

 佐古くんが、恥ずかしそうに微笑む。
 かわいい、なんて。……そんなこと、今まで、全然誰にも言われたことない。
 茜くんが唯一最近、そうやってほめてくれることもあるけど――。
 そこまで考えて、だめだ、と思い直す。
 せっかく「好きだ」なんて言ってくれてる人の前で、他の人のことを考えるのは不誠実だろう。

「宮野さんの心の隙、っていうのかな。それにつけ込むみたいで、ごめん。……でも、宮野さんが蒼のことを好きだって知ってたから、ずっと気持ちなんて言えなかったし、諦めてたんだ。でも、今なら……チャンスなんじゃないかって、そう思って。――ずるいよな、僕。」
「ううん。そんなことない……。」

 私だってきっと、もしも蒼に好きな子がいて、そのせいでずっと告白することを諦めてたなら、告白が失敗した今が、気持ちを伝えるチャンスだって思ったはずだ。
蒼が、好きな子に告白するなんて知った時には、うまくいくな! って願って、ふられちゃったら一緒に悲しんで、裏ではガッツポーズをして。……あさましいかもしれないけど、それって、普通の事なんじゃないかな。

 ――でも。


「ごめんなさい、佐古くん。私……まだ、蒼のこと、諦められてないんだ。」