――突然理子が目を見開いて、私の肩をつかむ手に力を籠めた。
 心なしか、さっきまでの、焦りと緊張に強張った表情はほどけて、目がきらんきらんに輝いている。

「ちょ、理子、声大きいって、」
「高三の先輩、しかもイケメンと同居ってこと⁉ うわあなにそれ! 少女漫画か!」
「そんなんじゃないよ……。お母さんだって普通に了承してるし、少女漫画――」

 ……みたいなトキメキは、まあ、確かにあるんだけれども。
 とはいえ、

「そもそも茜くん、好きな人いるんだよ。私もまだ……吹っ切れたわけじゃないし、そう簡単に少女漫画展開にはならないよ。」

私がそう言うと、興味を失ったのか、途端に理子の瞳からきらんきらんの光が消える。

「……な~んだ。」
「な~んだて……。」

 あからさまにがっかりした声に、地味にショックを受ける。そんなすぐに「つまんな~。」みたいな顔をしないでもいいじゃないか。
 というか、さっきまで騒ぎになってることを心配してくれてたのに、茜くんと私の今の状況を聞いてから、いきなり面白がりすぎじゃないか? 

「てっきり、これから新しい恋が始まる! みたいな感じになるかと思ってたのに。でも、向こうに好きな人がいるっていうのはアレだよね~。ただでさえ相手はオトナな先輩、こっちはちんちくりんなFJKなんだから。」
「あのねえ理子……。」

 親友の物言いに呆れる。しかもFJKって、表現が古くないか。

「……でもさ、さっきは『付き合ってるの⁉』なんて、否定的な聞き方しちゃったけど。あたしとしてはこの人と付き合ってたとしても、全然だめじゃないと思うよ。」

 え、と思って私は理子を見る。
 理子はスマホの画面をじっと見下ろしたまま、続けた。

「篠崎はひなを振ったんだから、ひながそのあと誰と付き合おうが誰にも、もちろん文句言われる筋合いなんてない。むしろ、『茜くん』がいい人で、ひなを大切にしてくれるなら、付き合っちゃえばいいのに、って思うよ。」
「理子……。」
「あたしとしてはイケメンで大人っぽい従兄にかっさらわれて、残念でした篠崎~、って感じ。……あいつが何を思って手紙の回し読みなんかに至ったのかは知らないけど、篠崎だって、ひなのことを好きだったと思う。それが恋愛感情だったかどうかまではわからないけどね。」
「……。」

 蒼に私への恋愛感情が、あるはずがない。そうでなかったら私は、失恋なんかしてない。……でも、理子がそう言うなら、嫌われてるわけじゃなかったはずだって、そう信じてもいいのだろうか。
 しかし、そこで理子が「まあでも」と言ってからっと笑った。

「……その、茜くんは好きな人がいるんだもんね。」
「……うん。今でも忘れられないって、そいつじゃなきゃダメだって……。」
「うわ、他人の入る隙ゼロじゃん! 残念、ひなを大切にしてくれる彼氏になりそうだと思ったのになあ~。」

 理子が肩を竦める。
 そう、理子の言う通り、『他人の入る隙ゼロ』なのだ。
 私は蒼によく似た茜くんの言動に動揺させられることはあるものの、蒼に気持ちを残したままだし、
 その茜くんは『好きな人』を今でも大切に思っていて、彼女以外を選ぶつもりはない。


 ――おそらくあの、歩道橋で起こったという『事件』が、彼の中で納得のいく形で解決されるまでは。