篠崎蒼と、私宮野雛子は幼稚園の頃からの幼なじみだった。
子どもの頃は何をするにも一緒で、二人でたくさん遊んで。
秘密基地を作って、そこで、結婚の約束をしたりして。
……でも、小学校高学年になると、自然と距離が開いた。
恰好よくてスポーツができて、頭もいい蒼。
それに対して、なんの取り柄もなくて地味で引っ込み思案な私。
そんな私たちが、同じ仲良しグループになるはずもなくて、中学校に上がる頃になるともう、ほとんど言葉も交わさなくなった。
……それでも。
それでも私は、子どもの頃からずっと、蒼が好きだった。
結婚の約束、蒼は忘れてるんだろうけど、私はずっと覚えていた。
地味で引っ込み思案で、でも、そんな自分を変えたいって、蒼ともっと話したいって――そう思ったから告白したのに。


――逃げて、逃げて、逃げて。
いつの間にか辿り着いていた公園のベンチ。
冷たいそこに一人で腰かけて、制服のまま体育座りをする。

「蒼、私のことなんて嫌いだったんだなあ……。」

酷い、と思った。
でも、同時に、私が悪いような気もした。
蒼が私のことを嫌いだったんなら、蒼は、嫌いな人間からラブレターをもらってしまったことになる。
……嫌いな人からラブレターなんて貰ったら、そりゃ、気持ち悪いよね。
私こそ、蒼に酷いことしたのかもしれない。ベンチの上で蹲って、心臓の痛みに耐える。自然と涙がこみ上げてきた。

「告白なんてするんじゃなかったな……。」

……そんなこと言いながら、逃げた先が二人でよく遊んだ公園じゃ始末に負えないよね。
小さなブランコと、砂場と、鉄棒。
小さい頃は蒼と、ここでよく一緒に遊んだっけ。

「未練たらたらだぁ……。」

あんなことされたのに、あんなところを見たのに。
私、まだ、蒼のことが好きなんだな。
ひと昔前の少女マンガみたいに、手紙を下駄箱にそっと差し込んで、ドキドキして家に帰って。
そこで、忘れ物に気づきさえしなければ……こんな思いはせずに済んだのかもしれない。

「ほんと、バカ……。」

ベンチの上に体育座りしたまま、ごしごし目を擦る。


「そんなにこすると、目ェ赤くなるよ。」


……蒼?
一瞬、そう思ってしまうくらい、彼にそっくりな声が頭の上から降ってきた。
同時に、目の前に差し出されるハンカチ。目を白黒させて、顔を上げた。

「なんか辛いことでもあった? 大丈夫?」

やわらかい声は、よく聞けば、蒼よりも少し低い。
……ゆるゆると顔を上げて、私は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、高校生から大学生くらいの、格好いい人だった。すっとした鼻梁に、薄めの唇。きりっとした眉に、すっきりとした目元。
彼は少し離れた進学校のブレザーを着ていて、優しい表情をしていた。私は高1だけれど、彼はこちらよりも恐らく年上だろう。

何より。
微笑んで私を見ている彼は、蒼にそっくりだった。

「な、お前。ひな、だよな?」
「え? あ、あなたは……。」
「え、覚えてない? オレ、茜だよ。篠崎茜、蒼の従兄。」
「あかね、くん、」

……ああ、と思い出す。

そういえば、かなり昔何度か、遊んでもらったことがあったっけ。
茜くんは、離れたところに住んでいる、蒼の従兄だ。
子どもの頃はたまに蒼の家に遊びに来てて、その時、蒼と一緒にかまってもらってたんだよね。
たしか、私たちよりも2つ年上だったはずだから、今は高校3年生、だろうか。
いつだったかさらに遠いところに引っ越してしまったので、それからずっと会っていないが――。

「ほんとに……茜くん?」
「うん、そう。大丈夫? ……ね、ひな。なんで泣いてんの?」
「な、泣いてないよ、」
「ウソ。そんな真っ赤な目してさ。……ひな、せっかくかわいいのに、目ェ腫らしてたらもったいないよ。」

かわいい。
蒼の声をちょっと大人っぽくしたような声にそう言われて、また、ぼろりと目から涙が零れた。
……蒼が、そう言ってくれたならよかったのに。

「ちょ⁉ ……な、泣くなって、大丈夫か?」

ぎょっとしたように目を見開く茜くんが蒼と重なる。
茜くんは眉を下げて、ベンチの前にひざまずくと、私の目元をハンカチで拭った。

「な? ひな。オレがいるから。ほら、泣かないで、」

頭を優しく撫でられて、私は俯いた。
気持ち悪い、そう冷たく吐き捨てた蒼の声とは正反対の、優しくて甘い声。
……ああ。そうだ。
グルグルと渦巻いていた苦しさが、すとん、と形を成して胸に落ちた。
私、ふられたんだ。……好きな人に。
ずっとずっと、好きだった人に。

「あかね、くん、私ね、」
「うん、」
「蒼に、失恋、しちゃったあ……!」

私は、わあ、と泣いた。
再会したばかりの好きな人の従兄。好きな人にそっくりな、優しいお兄さんに、縋りつくようにして。
茜くんは何も言わずに、肩に額を押し付けて泣く私の背を、ゆっくりなでてくれた。経緯も何もわからないはずなのに、号泣する私をただ慰めるために。
それが、すごく安心して。

……そして同時に、すごく辛かった。