茜くんに忘れられない好きな人がいるとわかってから、私はどこかぼんやりした気持ちで日曜日をすごした。
昨日はデート(?)をして、そこで蒼にばったり会って、どうしてか怒った様子の茜くんに連れられて帰宅して……という感じでとても目まぐるしかったから、その反動だろうか。

……というか、ちょっとだけ恥ずかしいかも。
これまでのやりとりで、茜くんってもしかしたら、私のことが――なんて、少しだけ思ってたりしたから。実際、彼の行動には思わせぶりなところが多かったし。

……でも、やっぱりありえないよね。だって茜くん、かっこいいし大人っぽいし、私のような地味な年下を相手にするわけない。妹分として可愛がってくれてるだけだ。
そんなこと、少し考えればわかるはずだろうに――期待でもしていたというのだろうか。
――まあ、なんだかほっとしたような、残念なような。
まあでも、失恋した私をなぐさめ、元気づけてくれて、デートもしてくれたんだから、もうけ! とでも思っておこう。茜くんみたいなかっこいいお兄ちゃんが一時的にできて、可愛がってくれてるって状況だけでも、ラッキーだろう。

「――じゃ、ひな、オレちょっと買い出しに行ってくるから。」

夕方。私がリビングで本を読んでいると、さっきまで冷蔵庫をのぞきこんでいた茜くんが、エコバッグを片手にそう声をかけてきた。
どうやら、スーパーで食材を買ってきてくれるらしい。

「そうなの? 手伝おうか?」
「大丈夫大丈夫、居候の仕事だから。ひなは宿題しときな。」
「うぐ……。」

 手伝いを申し出たところ、すかさず言われ、項垂れる。
 そうだ、私、まだ明日提出の数学の宿題が終わってないんだった……。

「あは。わかんないとこあったらあとから教えてあげるから進めとけよ。じゃ、行ってきます。」
「はあい、行ってらっしゃい。」

 力なく手を振ると、茜くんが笑顔で家を後にする。
 その姿を見送って、私はちょっとだけ思った――やっぱり、茜くんが「お兄ちゃん」っていうシチュエーション、とってもイイ。



「はー、やっと終わった~!」

 一時間集中して宿題に取り組んで、私は大きく伸びをした。
 一番最後の応用問題が一問だけ解けなかったけど、他はなんとかなったかな。そこまで難しくなくてよかった。高校生になってから数学もぐっと難しくなったから、苦手科目だと日々の宿題に手間取ることも増えてきた。

「最後のやつは茜くんに教えてもらおうっと。」

 茜くんが来てから、宿題もとっても楽である。
顔だけでなく頭もいいらしい茜くんは、一年生の問題なんて朝飯前のようで、私が何を質問しても、さっと答えてしまうのだ。

「……あれ?」

 部屋から出て、リビングのある一階に下りようとして、ふと、足を止める。

――茜くん用にとお母さんが用意した部屋、その扉が開いたままだった。

貴重品があるわけじゃないだろうけど、不用心だなあ。
そんなことを思いながら、ちょっとだけ、中を覗いてみる。
茜くんが使っている部屋はもともとが空き部屋だったので、彼の私物どころか、家具もほとんど置かれていない。布団はきれいにたたまれていて、そんなところも蒼とちょっと似てるな、と思った。蒼もけっこう、几帳面なところがあるから。

「……ん?」

 きちんとたたまれている布団、その横にあるのは、茜くんのらしきスクールバッグだ。家出なのに、彼は着替えも用意せず、スクールバッグと、現金がそこそこ入った財布くらいしか持ってきていなかった。
 そしてそのスクールバッグのすぐ横に、ノートが落ちている。

「勉強用のノートかな……? でも、家出先まで来て勉強してたりする?」

 真面目だなあ。……そういえば茜くんって、どんなふうにノート取ってるんだろう。
 ふと沸いた好奇心に、私は開いた扉のすきまから、そっと部屋の中へと滑り込んだ。

 ――日記じゃあるまいし、勉強の参考にするだけだから、ちょっとくらい、なんて。
 魔が差してしまったというんだろうか。
気がつけば、私は落ちているノートに手を伸ばし、開いて中を見ていた。

「あれ……? これって……。」

 それが勉強ノートや、授業ノートなどではないと気がついたのは、ノートを開いてぱらぱらとページとめくってからのことだった。
 落書きやメモめいたものはあるものの、板書を写した、という感じがまったくしない。一ページ目もページ目も空白で、ようやく何かが書かれているページに辿りついたのは、五ページ目になってからだった。


「なんだろう。新聞記事……?」