今日は日曜日。
昨日の土曜日はデートだったので、茜くんが家出してきて私の家に居候するようになってから、今日が初めてまる一日、家の中で一緒にいることになる日だ。――別に何もないとはわかってはいるが、意味深な行動が多い彼とずっと一緒にいるというのは、少し緊張するものがある。
私はカフェオレを飲みながら、茜くんの作ってくれた朝食を見下ろす。
朝ごはんは玉子サンドに、切ったオレンジだった。玉子サンドは、わざわざゆで卵を作って切って、マヨネーズとコショウで和えたものを、パンで挟んだ茜くんの手作り。しかもパンは、丁寧に耳が取り除かれている――とても、手がかかっている朝食だ。
茜くんは、デザートのオレンジにかぶりつきながら、朝のニュースを見ている。
その横顔もとても整っていて――蒼に似ているとか関係なく、イケメンだなあ、なんて思った。
「ん? なに、ひな? オレの顔になんかついてる?」
私の視線に気がついた茜くんが、私を見て、こてんと小首をかしげた。
あ、あざとい……。
「ううん、そうじゃなくて……えっと、」
茜くんは、かっこいい。……ちょっとイタズラ好きなところもあるけど、優しいし、面倒見もいいし、たまにかわいいし、料理だってできる。茜くんほどのイケメンに、こんな手のかかった朝ごはんを出してもらえたら、もしも好きな人がいなかったら、きっとコロッといってしまっただろう。
――茜くんは、私のことを可愛いと褒めてくれて、他の男に気安く触られたりしないで、なんて怒ってみせたりする。私をひどく振った蒼には厳しい態度だし、昨日だってなんだか怒っているようだった。
妹のように思ってくれているからほめてくれたり、近くにいる男の子を警戒したりするのか、それとも……何か別の気持ちがあるのかはわからないけど。
茜くんほどになると、きっと女の子だって放っておかないだろう。私に蒼がおらず、さらにもしも彼の同級生だったら、きっと恋に落ちてしまっている。
……もしも茜くんにとって、私がただの『妹分』で、彼に彼女がいたとしたら――今の状況って、ちょっとまずいんじゃないかな、って。
ふと、思ったのだ。
「あのさ、茜くん。」
「なに?」
「茜くんって……彼女とか、いたことある?」
聞くと。
茜くんの顔が、明らかに不愉快そうに顰められた。
「……は? なんで?」
「え、いや……」
どうしてそんな嫌そうな表情をするのか、と、少し戸惑いながら、私は続けた。
「もし今茜くんに彼女がいたとしたら、今私の家で二人で生活してるの、まずいんじゃないかって、今さらだけど思って……!」
「……本当に今さらだな。」
慌てて言うと、はあ、とため息をついた茜くんがオレンジの皮を置いて頬杖をついた。
そして、妙にじとっとした目でこちらを睨みつけてくる。
「彼女はいない。というか、もしもそんなのがいたとしたら幼なじみの女の子の家に転がりこんだりしないって。フツーに浮気だろ、それ。」
「だ、だよね……!」
「それから、彼女はそもそも作ったことない。ずっと独り身だよ。」
「えっ⁉」
これにはさすがに驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
茜くんのジト目が、あきれたような、そしてどこか面白がるような目に変わる。
「なんだよ、そんなに意外?」
「意外だよ! だって茜くん、もてるでしょ? かっこいいし、優しいし……。」
「……まあ、もてるのは否定はしないけど、」
「しないんだ……。」
「しない。別に嘘をつく理由もないしな。……でも、いくらもてたところで、意味なんかないよ。」
「え……?」
茜くんが、ふと目を細める。
――ひどく寂しげな、辛いことを堪えるような、そんな表情。
「どんな女の子に好かれたって、好きな子と付き合えないなら意味ないだろ。」
「茜くん……、」
「――忘れられないやつがいるんだ。そいつでなきゃ、ダメなんだ。」
くしゃり、と。
苦しそうに微笑んだ茜くんが、つい数日前、蒼に振られて泣いていた自分と重なる。
彼の頬にも、目にも、涙はない。
でも確かに茜くんは、泣いていた。
「好きな人が、いるんだね……。」
きっと茜くんは、その人に失恋したんだね。それでその人のことを、今でも忘れられないんだ。
……蒼への気持ちを捨てられない私と、同じように。
昨日の土曜日はデートだったので、茜くんが家出してきて私の家に居候するようになってから、今日が初めてまる一日、家の中で一緒にいることになる日だ。――別に何もないとはわかってはいるが、意味深な行動が多い彼とずっと一緒にいるというのは、少し緊張するものがある。
私はカフェオレを飲みながら、茜くんの作ってくれた朝食を見下ろす。
朝ごはんは玉子サンドに、切ったオレンジだった。玉子サンドは、わざわざゆで卵を作って切って、マヨネーズとコショウで和えたものを、パンで挟んだ茜くんの手作り。しかもパンは、丁寧に耳が取り除かれている――とても、手がかかっている朝食だ。
茜くんは、デザートのオレンジにかぶりつきながら、朝のニュースを見ている。
その横顔もとても整っていて――蒼に似ているとか関係なく、イケメンだなあ、なんて思った。
「ん? なに、ひな? オレの顔になんかついてる?」
私の視線に気がついた茜くんが、私を見て、こてんと小首をかしげた。
あ、あざとい……。
「ううん、そうじゃなくて……えっと、」
茜くんは、かっこいい。……ちょっとイタズラ好きなところもあるけど、優しいし、面倒見もいいし、たまにかわいいし、料理だってできる。茜くんほどのイケメンに、こんな手のかかった朝ごはんを出してもらえたら、もしも好きな人がいなかったら、きっとコロッといってしまっただろう。
――茜くんは、私のことを可愛いと褒めてくれて、他の男に気安く触られたりしないで、なんて怒ってみせたりする。私をひどく振った蒼には厳しい態度だし、昨日だってなんだか怒っているようだった。
妹のように思ってくれているからほめてくれたり、近くにいる男の子を警戒したりするのか、それとも……何か別の気持ちがあるのかはわからないけど。
茜くんほどになると、きっと女の子だって放っておかないだろう。私に蒼がおらず、さらにもしも彼の同級生だったら、きっと恋に落ちてしまっている。
……もしも茜くんにとって、私がただの『妹分』で、彼に彼女がいたとしたら――今の状況って、ちょっとまずいんじゃないかな、って。
ふと、思ったのだ。
「あのさ、茜くん。」
「なに?」
「茜くんって……彼女とか、いたことある?」
聞くと。
茜くんの顔が、明らかに不愉快そうに顰められた。
「……は? なんで?」
「え、いや……」
どうしてそんな嫌そうな表情をするのか、と、少し戸惑いながら、私は続けた。
「もし今茜くんに彼女がいたとしたら、今私の家で二人で生活してるの、まずいんじゃないかって、今さらだけど思って……!」
「……本当に今さらだな。」
慌てて言うと、はあ、とため息をついた茜くんがオレンジの皮を置いて頬杖をついた。
そして、妙にじとっとした目でこちらを睨みつけてくる。
「彼女はいない。というか、もしもそんなのがいたとしたら幼なじみの女の子の家に転がりこんだりしないって。フツーに浮気だろ、それ。」
「だ、だよね……!」
「それから、彼女はそもそも作ったことない。ずっと独り身だよ。」
「えっ⁉」
これにはさすがに驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
茜くんのジト目が、あきれたような、そしてどこか面白がるような目に変わる。
「なんだよ、そんなに意外?」
「意外だよ! だって茜くん、もてるでしょ? かっこいいし、優しいし……。」
「……まあ、もてるのは否定はしないけど、」
「しないんだ……。」
「しない。別に嘘をつく理由もないしな。……でも、いくらもてたところで、意味なんかないよ。」
「え……?」
茜くんが、ふと目を細める。
――ひどく寂しげな、辛いことを堪えるような、そんな表情。
「どんな女の子に好かれたって、好きな子と付き合えないなら意味ないだろ。」
「茜くん……、」
「――忘れられないやつがいるんだ。そいつでなきゃ、ダメなんだ。」
くしゃり、と。
苦しそうに微笑んだ茜くんが、つい数日前、蒼に振られて泣いていた自分と重なる。
彼の頬にも、目にも、涙はない。
でも確かに茜くんは、泣いていた。
「好きな人が、いるんだね……。」
きっと茜くんは、その人に失恋したんだね。それでその人のことを、今でも忘れられないんだ。
……蒼への気持ちを捨てられない私と、同じように。