「ああもう……!」

 思考を切り替えるために、私は大きくかぶりを振った。
 だめだ、もう気にしていたら体がもたない。茜くんのやることは、全部そのまま受け取るのではなく、半分くらいと思って受け止めていたほうがいいのかもしれない。でないと、とても心臓が持ちそうにない。

「気持ちよさそうに寝てたけど、どう? 何かいい夢とか見てた?」
「私の眠りについてはもういいでしょう……」

 げんなりしながらそう応え、私は項垂れた。
……ああでもそういえば、たしかに、今日はいい夢を見た。

五才のとき――私たちがまだ、ごくごく狭い世界の中で生きていたとき。幼稚園に通っていた、蒼とも仲良しだったときの夢。
しかも、なんと、その夢の内容は結婚の約束を交わしたときの内容だった。現実ではふられているぶん、自分の失恋が心に重く響く。

――けど、幸せな頃の夢だったなあ。

蒼は、昔からずっと優しい子だった。あの夢の中でそうしたみたいに、四つ葉クローバーを、自分が見つけた大切な何かを誰かのために譲ることができる子。自分ではなく、誰かの幸せを願うことができる優しい子だったのだ。
やっぱり、蒼が理由も何もなく、ひとの告白の手紙をあんなふうに扱うとは思えない。好きになってしまったから、盲目になってしまっているのではないか――とも、考えはするんだけど、それでも。

……それに。
昨日の、茜くんと蒼のやりとりは、なんだか非常に意味深だった。
茜くんが蒼に向かって言っていた、「他人の名前出さないと、自分の気持ちすらまともに話せないのかよ」っていう言葉は、どういう意味なんだろう? 佐古くんといい感じ、というのは口実で、それがなかったら自分の気持ちを私に伝えることもできない、ということ?

 ――じゃあ蒼の真意というのは、何だと言うのだろう?

「どうかしたか、ひな? なんか、浮かない顔だけど。」
「ううん。……大丈夫。」

黙り込んだ私を不思議に思ったのか、茜くんが顔を覗き込んでくる。
私は慌てて笑顔を作ると、そう答えた。

「そっか。じゃ、そろそろ朝ごはんにしよ。……あ、ひなは洗面所に行ってきな、盛大に寝ぐせがついてるから。」
「茜くん‼」
「あはははっ!」

怒って声を上げるも、茜くんにはのれんに腕押しのようだ。楽しげに笑いを上げる彼に、反省の様子は見られない。
今さからかもしれないけど、少しはもっといい姿でいたい。
自分がどんな顔をしているのかわからない寝顔なんて、誰にも見られたくないよ、普通。

「今度は絶対、私が茜くんの部屋に侵入して、寝顔を見てやるんだから……!」
「へー。やれるものならやってみな? 楽しみにしてる。」

 朝が早い茜くんが、にまにましながら私を見ている。
 うう、今に見てろ、茜くん。私はぶるぶると震えながら決意を固める。
 いつか絶対に茜くんより早く起きて、寝顔を拝んでやるんだから……!