<第一関門は三ヶ月目!>
とネット記事が叫んでいたことを思い出した私は、手紙に瑞來への感謝と気持ちを認めた。三の倍数で別れるカップルが多いのだと言う。
いま思い返すと根拠のないジンクスを信じきっていた自分も、勢いで筆をとった自分も顔から火が出るほど恥ずかしいけれど、あの時は繋ぎ止めたくて必死だった。
“瑞來くんといる時間はいつもキラキラしていて、私は世界で一番の幸せ者です”
“これからすれ違いや喧嘩もするかもしれないけれど、何度でも仲直りをして、その後はどこか一緒に出掛けようね”
声に出そうとすると直前でこんがらがってしまう私でも、手紙なら素直に綴ることができた。優しく笑って受け取ってくれた瑞來の表情も、私は未だに覚えている。
その後、手紙が何かの拍子で他の男子に見つかってしまったことも。
「なになに、お熱いねぇ~! つーかお前ら付き合ってたのかよ」
入学して二ヶ月ちょっとではあったけど、瑞來と同じクラスだったこともあり、揶揄いの対象になることは必然だった。
「そういや、細谷と西山って同中だったよな」
「うちのクラスで初めてのカップルじゃね?ヒューヒューッ!」
「でも意外な組み合わせだよなぁ、正直」
「つーか今どき手紙って、」
男子の一人が吹き出す。確かに、メールやメッセージでも良かったかもしれない。
そう過った瞬間、半端に言葉を詰まらせた男子の胸ぐらを瑞來が掴んでいた。私の席からは後ろ姿しか見えなかったけれど、瑞來が怒りを露にしたのはそのときが最初で最後だったのだと、今でも鮮明に思い出せる。
「いいから返せよ」
公開処刑を受けた手紙を取り戻して、私の手を引く。その温かい手に包まれたとき、なぜか涙が溢れ出した。
「ごめんね……恥ずかしい思いさせて、ごめんね」
階段を上りきって、立ち入り禁止の屋上前。扉の曇りガラスから漏れる日の光に、彼の微笑みが照らされる。なんて綺麗なんだろう、と男子を羨んだのは初めてだった。
「何も恥ずかしくねぇから。こっちこそ、取られてごめん」
「でも、馬鹿にされて嫌だったよね」
「馬鹿にするやつが悪い」
「私がもっと、瑞來くんに釣り合うくらい美人だったら——」
「何言ってんの、かわいいじゃん」
当たり前のように言われた。そのときの瑞來はまだ言い慣れていなくて、頬を赤く染め上げていたっけ。
もっと「かわいい」が聞きたかった。瑞來と釣り合うようにかわいくなりたかった。
その日から、私は化粧やヘアアレンジの雑誌を片隅から貪った。リップを付けて髪を結って登校すると、周りからの視線が気持ち良く刺さるのを感じた。
「なんか雰囲気変わった?可愛いじゃん!」
と調子良く覗いてきたクラスメートにも救われた。あの頃から、バレー部の緒未はショートヘアが良く似合っていたと思う。
三ヶ月の迷信も忘れて、私は徐々に「細谷瑞來の彼女」ではなく「彼氏持ちの西山綺佐」へ変わっていく自分を好きになっていった。瑞來の隣に堂々と立てる自分が、誇らしかった。
—— “かわいいじゃん”
薄く大きな掌で、私を撫でてくれる瑞來の温度が好きだった。
いつからだろう。その「かわいい」を聞かなくなったのは、いつからだっけ。
ブランコを揺らして茜色の空を仰ぐ。隣の少年がもし今の瑞來だったら、私は訊けるのだろうか。
「瑞來くん」
「はい」
「手紙はさ、自分の心にも残るんだよ」
「はい?」
下書きと言って広げられたノートが、西日を反射して少し眩しい。私は目を細めて、着せられている感満載の学ランを見据える。
どちらも似合うけど、やっぱり瑞來はブレザーの方がしっくりくるな。
「まぁつまり、相手に伝えたいこと全部、ちゃんと書きなよーってこと」
「全部……」
「後悔なんて、絶対しないからさ」
少なくとも私は、あの時書いて良かったと思ってるよ。
「だから、頑張れ」
狭く、まだあどけないその肩に触れる。
瞬間、見覚えのある白い光が視界を覆って、思わず目蓋を閉じた。神妙な面持ちの瑞來くんの表情が残像のように浮かんで、ああ、なんだやっぱり夢かぁ、と目蓋を持ち上げる。
「…………はぁ?」
——もしかしたら、夢ではないかもしれない。
明らめた視界に映る景色と纏わりつく灼熱の空気に、私は眉を顰めた。