「歳は?何歳?」
「十三。中一、だけどもうすぐ中二」

 やっぱりこれは夢か、もしくはタイムスリップか。
 現実と非現実の二択を脳裏にセットして、私は相槌を打つ。中一の春ということは、私の片想いは未だ始まっていない。

「俺も、訊いていいですか」

 タイムスリップだった場合、この時代に居る私はいまどこで何をしているんだろう。思い伏せながら彼の言葉に頷く。

「いいよ」
「お姉さん、妹とかいますか」
「え……いないけど、なんで?」
「うちのクラスの女子に、すごく似てる人がいるので。……本人、じゃないですよね」

 最後の、探るような瞳にドキリとする。そして、同時に感心した。同級生とはいえ、芋臭い地味なクラスメートと、成長や化粧という魔法を経た今時女子が同一人物だと気づくなんて。

「あー……それは、他人の空似ってやつじゃないかな?私もいま、瑞來……くんに、それ感じてるし」

 付け足した敬称が懐かしくて、むず痒い。
 中学三年の終わりがけに付き合ってから高校一年の夏頃まで、私は彼を『瑞來くん』と呼び、彼は私を『綺佐さん』と呼んでいた。

「俺が、誰に似てるんですか?」

 小首を傾げる仕草が可愛い。

「私の元彼氏かな」
「恋人、いたんですね」
「うん。昨日まで」
「じゃあ、昨日」
「振られたんだ。昨日急に。もうほんと、突然でビックリしたんだから」

 矛先は目の前の彼で合っているのだけど、この時代の瑞來くんに背負わせるのはよくない気がして、私は視線を下げる。少し日に焼けた、彼の綺麗な指先に注がれた。

「ねえ、それは何を書いてるの?」

 西日に照らされた真っ新なノートと、握られた鉛筆を差す。そういえば、うちの中学は時代に反してシャーペン禁止だったっけ。

「……まだ書いてません。書く内容を考えてます」
「内容?日記とか?」
「違います」
「あー。じゃあ、ラブレターだ」

 言うと、瑞來くんは口籠る。……え、まさかビンゴなの?

「……ちがいます」
「嘘だ。ビンゴじゃん、絶対」

 夕日が溶けたその頬を目に焼き付ける。じっと見過ぎたせいか、視線は下に落とされてしまった。
 照れると俯いてしまうところは、この時からおんなじだね、瑞來。

「で、どんな子が好きなのかなぁ?お姉さん、もう大人だから相談乗ってあげよっか」

 瑞來からラブレターを貰える稀有な女の子は一体誰なのさ。元カノのよしみで教えなさいよ。ほらほら。
 心の中でしつこく唱えると、瑞來くんのペン先がノートを滑る。動きが止まると、彼はノートを掲げて私に見せた。

「こういう名前の人。……それ以外は、どんな子って言われても分からない」
「名前……書いたの?」
「え?」
「宛先の名前?」
「まあ、下書きですけど」

 先ほどの照れ隠しはどこへやら。すでに冷静さを取り戻した瑞來くんは、ノートにくっつく位に顔を近づける私を神妙に見据えた。

「……見えない」
「見えない?」
「瑞來くんが書いてくれたところだけ、モヤモヤしてて、」

 そう、見えないのだ。何かが書かれていることは分かるけど、何が書かれているのかは分からない。その部分にだけ靄が掛かっているような、そんな感じだ。

「じゃあ、ご縁がなかったということで」
「えっ、教えてよ!」
「……口で言うのは、ちょっと」
「ケチー」

 唇を前に突き出すと、瑞來くんはふっ、と息を漏らす。ペンを持った手の甲で覆われた口元が、ほんのり弧を描く。
 いつも唐突に現れる、私の好きな笑顔だった。

 —— “何言ってんの、かわいいじゃん”

 懐かしい笑顔のせいで、芋づる式に思い出す。照れ屋なくせに「かわいい」はサラリと言ってしまう罪な男のことも、私が初めて認めた手紙のことも。

 瑞來とは、中学三年のバレンタインに私が告白してホワイトデーに返事をもらい、付き合うことになった。家がケーキ屋ということもあり、チョコレートケーキを作って告白するという算段は前々から立てていて、胃袋を掴むことには自信があったのだ。
 でも、中二の途中からスラリと背が伸びて、目立つ存在になっていた彼のことを、私はずっと遠い存在だと感じていた。実際、告白されるまで私の事を意識したことはなかったらしい。
 だから、あの時まで。私は心のどこかで “付き合ってもらっている” と卑下していたんだと思う。

 あれは、瑞來と付き合ってから三ヶ月が経とうとする頃だった。