「…………え……」
手元に注いでいた視界が突然白い光に包まれる。それはホワイトアウトよりもっと鋭い白、例えるなら、目の前でカメラのフラッシュを焚かれたような感じだ。
光を浴びた次の一瞬、顔を持ち上げても景色は変わらない。
瑞來との別れを頭のなかで処理しきれずに、脳がショートしてしまったのだろうか。いや、それとも心の方……?
白い光に視界を馴染ませながら思い浸る。すると、徐々に光が晴れていく。
——私は目を疑った。
式の直前ということもあって、いつもより騒がしい生徒玄関が便箋の向こうに見えていたはずなのに、
「………公園……?」
広がる景色はブランコと滑り台と、小さな丘のある公園。足元を見れば砂利にオレンジ色の光が注がれていて、足を動かせばその通りに影が揺れる。でも、手元に持っていたはずの封筒は消えているし、隣に居たはずの緒未もいない。
……なにかがおかしい。漠然とそう思った。
「瞬間移動?」
願望でしか唱えたことの無かった単語を発してみる。そんな能力が芽生えてくれるなら、せめて坂道を上る前にしてよ、と辺りを見渡す。遊具の配置や周りの建物から我が家の近所の公園だと分かり、少しだけ胸を撫で下ろした。
とはいえ、全く解決してはいない。
恐る恐る足を進めると、木の葉に隠されていた時計塔が覗く。示された時刻は三時五十分すぎ。
「いや、なんでよ」
学校に着いたのは始業の十五分前、つまり午前八時過ぎだったはずだ。
うーん、うーん。影とともに唸りながら、砂利を踏みしめる。封筒は失われてしまったのに、足を沈めているのは上履きのままだし、肩に提げた鞄もそのままだった。
彼が横を通りすぎたのは、上履きを撫でる桜の花びらを見送った後のこと。
すれ違う瞬間、覚えた違和感と既視感を振り返る。その先には少し大きな学ランを着て、ブランコに座る少年が居た。背負っていた黒いリュックから、ノートのようなものを取り出している。
「瑞來——……?」
彼の容姿を見て零れ落ちた。
けれど、そんなはずない。瑞來はもっと背が高いし、髪ももう少し長い。それに、うちの高校は学ランではなくてブレザーだ。
不意に、瑞來にネクタイの結び方を教えてもらった時のことを思い出す。入学したての頃、私の結び目は酷いものだった。
「ねぇ、あの……こんにちは」
今は彼の手解きも要らなくなった綺麗な結び目を押さえながら、私はブランコの少年を覗き込んでいた。
「こんにちは」
淡々と応じて持ち上がる視線。色素が薄く、少しギョロリとした大きな瞳。無駄なところのない凛々しい眉。彫りが深い顔立ちの割りに、薄い桜色を纏った唇。——今より青さはあるものの、この少年は瑞來だと確信した。
「あの、何か?」
きょとんとした瞳で覗き込まれる。高校の制服を纏っていなければ、このきょとんは警戒心に変わっていたかもしれない。
学ランの、中学時代の瑞來が目の前に居るということはこれは夢かもしれないけれど、変質者だと思われるのは避けたかった。
「あ、えっと……実は私、家出をすることになって。話し相手になってくれたら嬉しいなぁ、と思いまして」
口から出任せだったけど、割と良いところをついていると思う。化粧と髪の染色に塗れた私の身なりは、それなりに派手だし反抗的に見えなくもない。
「いいですけど、」
「ほんと?!」
「でも、俺もやることがあるので、やりながらでもいいですか」
「いいよ、いいとも!」
子どもたちが居る様子はないので、隣のブランコにスカートを敷く。軽く漕いでみると、伸ばした髪が春の風に攫われた。
「名前、訊いてもいいかな?」
砂利の音を響かせながら揺れを止めると、少年の視線がノートから持ち上がる。視線が交われば、時を戻した背格好の彼に脈が深く沈んだ。
「細谷瑞來」
成長途中の、嗄れた感じの高い声が可愛い。
手元に注いでいた視界が突然白い光に包まれる。それはホワイトアウトよりもっと鋭い白、例えるなら、目の前でカメラのフラッシュを焚かれたような感じだ。
光を浴びた次の一瞬、顔を持ち上げても景色は変わらない。
瑞來との別れを頭のなかで処理しきれずに、脳がショートしてしまったのだろうか。いや、それとも心の方……?
白い光に視界を馴染ませながら思い浸る。すると、徐々に光が晴れていく。
——私は目を疑った。
式の直前ということもあって、いつもより騒がしい生徒玄関が便箋の向こうに見えていたはずなのに、
「………公園……?」
広がる景色はブランコと滑り台と、小さな丘のある公園。足元を見れば砂利にオレンジ色の光が注がれていて、足を動かせばその通りに影が揺れる。でも、手元に持っていたはずの封筒は消えているし、隣に居たはずの緒未もいない。
……なにかがおかしい。漠然とそう思った。
「瞬間移動?」
願望でしか唱えたことの無かった単語を発してみる。そんな能力が芽生えてくれるなら、せめて坂道を上る前にしてよ、と辺りを見渡す。遊具の配置や周りの建物から我が家の近所の公園だと分かり、少しだけ胸を撫で下ろした。
とはいえ、全く解決してはいない。
恐る恐る足を進めると、木の葉に隠されていた時計塔が覗く。示された時刻は三時五十分すぎ。
「いや、なんでよ」
学校に着いたのは始業の十五分前、つまり午前八時過ぎだったはずだ。
うーん、うーん。影とともに唸りながら、砂利を踏みしめる。封筒は失われてしまったのに、足を沈めているのは上履きのままだし、肩に提げた鞄もそのままだった。
彼が横を通りすぎたのは、上履きを撫でる桜の花びらを見送った後のこと。
すれ違う瞬間、覚えた違和感と既視感を振り返る。その先には少し大きな学ランを着て、ブランコに座る少年が居た。背負っていた黒いリュックから、ノートのようなものを取り出している。
「瑞來——……?」
彼の容姿を見て零れ落ちた。
けれど、そんなはずない。瑞來はもっと背が高いし、髪ももう少し長い。それに、うちの高校は学ランではなくてブレザーだ。
不意に、瑞來にネクタイの結び方を教えてもらった時のことを思い出す。入学したての頃、私の結び目は酷いものだった。
「ねぇ、あの……こんにちは」
今は彼の手解きも要らなくなった綺麗な結び目を押さえながら、私はブランコの少年を覗き込んでいた。
「こんにちは」
淡々と応じて持ち上がる視線。色素が薄く、少しギョロリとした大きな瞳。無駄なところのない凛々しい眉。彫りが深い顔立ちの割りに、薄い桜色を纏った唇。——今より青さはあるものの、この少年は瑞來だと確信した。
「あの、何か?」
きょとんとした瞳で覗き込まれる。高校の制服を纏っていなければ、このきょとんは警戒心に変わっていたかもしれない。
学ランの、中学時代の瑞來が目の前に居るということはこれは夢かもしれないけれど、変質者だと思われるのは避けたかった。
「あ、えっと……実は私、家出をすることになって。話し相手になってくれたら嬉しいなぁ、と思いまして」
口から出任せだったけど、割と良いところをついていると思う。化粧と髪の染色に塗れた私の身なりは、それなりに派手だし反抗的に見えなくもない。
「いいですけど、」
「ほんと?!」
「でも、俺もやることがあるので、やりながらでもいいですか」
「いいよ、いいとも!」
子どもたちが居る様子はないので、隣のブランコにスカートを敷く。軽く漕いでみると、伸ばした髪が春の風に攫われた。
「名前、訊いてもいいかな?」
砂利の音を響かせながら揺れを止めると、少年の視線がノートから持ち上がる。視線が交われば、時を戻した背格好の彼に脈が深く沈んだ。
「細谷瑞來」
成長途中の、嗄れた感じの高い声が可愛い。