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 振られた日の翌日が卒業式って、うちの高校のスケジュールどうなってんのよ。
 振られた方が後付けなのに、私は理不尽な怒りを朝の通学路にぶつける。遣る瀬なくてスマホを光らせれば、昨日の投稿に数十件のいいね!が付けられていた。

『卒業式前日。明日は絶対泣くから(主に私が)、フライングでツーショ』
『卒業しても、お互い別の場所で頑張ろうね』

 振られる二時間前に撮った写真は、振られる一時間前に投稿済み。殊勝なフレーズを綴った昨日の自分が、なんだか遠い別次元の人間のように思えてくるのだから、瑞來は誰がなんと言おうと重罪人だ。

「おっすー、おはよー綺佐」

 刑はどうしようかと巡らせていると、坂道に差し掛かる手前で肩を叩かれる。「おはよ」と手を上げれば、緒未(つぐみ)は横からひょっこり顔を出して目を輝かせた。

「てゆーかさ、もう卒業とかヤバくない?」
「あっという間だよね、三年って」

 ヤバいが口癖の緒未に、意訳を済ませて応じるのは慣れたもの。彼女の、切れ長の瞳によく似合うワンレンボブが、坂道を下ってきた風にふわりと揺れた。

「泣くかな~、いや、でも高校の式ってアッサリって言うしなぁ」

 弾んだ彼女の声に耳を傾けながら、急勾配の坂道を上る。

「まあ、合唱もないしねぇ」
「そうそう。せめて一曲くらい歌いたいよね。校歌以外にもさぁ」
「あーそっか、校歌があった」
「『蛍の光』も歌わないっけ?歌詞覚えてないけど」
「えぇ、マジ?覚えてないよ私だって」

 予習がてら『蛍の光』を思い出そうとしたのに、脳内で再生されたのは『仰げば尊し』。私の頭のなかでは “卒業ソング” という同じ引き出しに入っているらしい。

「ま、なんとかなるっしょ。あ。それとさぁ、知ってる?」

 校門が近づくにつれて息を荒くさせながら、緒未の問いかけに首を傾げる。

(はず)(ざくら)、失くなるんだってさ」
「え、そうなの?」
「古いし、結構大きくて住居の妨げにもなってるから、ツギキ?もしないんだってさ。伐採よ、伐採」

 借り物の言葉なのだろう。緒未の視線は何かを思い出すように宙を辿る。
 “外れ桜”——。私も違う意図で宙を辿りながら、通学路とは反対方面に聳えた凛々しい佇まいを思い浮かべる。並木道を外れて咲く一本の桜には、ある程度の思い入れがあった。
 でもきっと、思い入れがあるのは私だけじゃない。由来はとても不憫だけど、外れ桜には有名なジンクスと希望が植えられているので、この辺の中高生で知らない人はいないんじゃないだろうか。

「なんか寂しいね」

 思い入れとは無関係に、私は反射でそう漏らした。

「うん。だから、今頃向こう側は集ってるんじゃない?最後の悪あがき」

 緒未は、上りきった坂と反対側の坂を差して言う。私は苦笑した。

「悪あがきって」
「だって、きっと細谷(ほそや)くんのこと願ってる(・・・・)女子たくさんいるよ?卒業式だしさぁ」

 校門を間近に立ち止まる。その名前は地雷だ、と先に言っておくのを忘れていた。

「……あのさぁ、緒未——」

 私は重たい唇を割りながら、瑞來の名前を刻んだ。

 細谷瑞來——私に初めて出来た元カレの名前だ。
 瞳の大きさが際立った彫りの深い顔立ちで、一見やんちゃをしそうな見た目だけど口数の少ない彼には、この高校で根強いファンが沢山いる。ファンという体裁が整えられたのは、私と瑞來が恋人同士だと判明した直後のこと。ファンなんて馬鹿げてる、と泣き寝入りした女子の数を合わせれば、彼が射貫いてきた心臓の数は一クラス分ぐらい在りそうだ。
 不安と優越感をごちゃ混ぜにして、私は対策用に、とツーショットをSNSにアップした。抵抗しそうな瑞來が「知り合いだけしか見れないんだろ?」とアッサリOKしてくれたのは、今思い返しても意外だけれど。
 化粧を覚えた私も容姿を褒められることは少なくなかったので、“美男美女カップル” と一部で崇められることに満更でもない感情を抱いていた。卒業後の進路は地元と東京に別れることになってしまったけれど、“遠距離カップル” と新たに授けられる勲章は、簡単に私を奮い立たせた。
 やってやる。距離なんかどうってことない。だって、私と瑞來だもん。