三年前——満を持して告白した私は、ホワイトデーに瑞來からの返事を貰った。まだ夢に希望を持っていたその頃は、手作りのチョコレートケーキを渡していて、

 —— “美味かったよ”

 と言ってくれた瑞來の言葉に、将来への道がまた一つ拓けたように思っていた。

 —— “また来年も作るね。毎年、毎年私が作るね!”

 そう言えば彼は目を細めて、私の頭を優しく撫でた。うん、付き合おう。って、脈絡のない返事とキャンディーに涙を流した。

 今隣にいる彼にも、同じ映像が過っているのだろうか。少しの期待と大きな不安を抱えて、リップクリームで、唇をほんのり色づける事が精一杯だった私を、思い出してくれているのだろうか。

「彼女、喜んでたでしょ」

 ぬけぬけとそう放つと、瑞來くんは花びらを見つめたまま頷く。

「泣いてくれました。俺のために」
「そりゃあ、長い片想いだった……んじゃない?」

 長い片想いだったからね。と滑りそうになった言葉を入れ換える。きっと彼は気づいている(・・・・・・)けれど、何も言わずに笑みを溢した。

「俺もです」
「ん?」
「——俺も好きだったって、告えなかった」

 花が揺れる。学ランに添えられた赤く凛々しい花が、何かを悔やむように揺れている。

「…………え? 好き、だった?」

 そんなはずはない。
 流した視線で私を捉えた瑞來くんは、短く返事をする。

「その手紙を書いた相手ですから」

 (こころ)が覚えている瑞來の台詞を上書きするように、瑞來くんは強く頷く。
 そんなはずはなかった。

 —— “あー……告白されたとき、この人かわいいなって思ったから”

 私のことをいつ好きになってくれたの?と訊いた。付き合って約一年、バレンタインデーに約束のケーキを持って、瑞來の部屋を訪れたときだった。
 そんなはずはなかった……なのに、二度目の春に貰った言葉が、半信半疑のシーソーを傾ける。

 —— “それはきっと、お互い様じゃないですか”
 —— “相手の恋人……だった人も、何もかも素直に伝えられていた訳ではないと思うから”

「だって、……瑞來くんがラブレターを書いてたのは、」
「中一の頃から、ずっと好きでした」

 飾り気のない、真っ直ぐな言葉がじわりと心を溶かしていく。
 どうして。なんで。どんなところが。訊きたいことは沢山あったはずなのに、出てこない。ただ一言、

「うそつき」

 という言葉だけが、笑みとともにぽつりと零れた。

「あの、」

 瑞來くんはハンカチを差し出す。卒業式だからか、と納得したけれど、濡らされた様子はない。
 ——それに、今の私はそんなに涙脆くないよ、瑞來くん。

「大丈夫。泣いてないから」
「そうですか。……あの、」
「ん?」
「お姉さんを振った恋人は、もしかして——」

 彼はハンカチを握りしめながら、ばつが悪そうに言い淀む。代わりに私はその唇付近に人差し指を立て、笑顔をお見舞いした。

「それ訊いて、どうする?」
「え?」
「今のうちに、私そっくりのカノジョちゃんと別れとく?」

 ちょっと意地悪だった?
 私の人差し指を見つめながら瞠られた、微かな寄り目に息を漏らす。唇から指を遠ざけると、彼は冷静な瞳で私を捉えた。

「——それは、絶対に無いです」

 なんだか叱られているような気分にさせられるくらい、鋭い視線が心に刺さる。痛くて、なんだか涙が零れそうだった。

「うん。それが聴ければ十分」

 綺麗で、大きなその瞳に自分の笑顔を映し出す。その間に、ひらりと舞い降りる花びらを掬った私は、並木道の向こうに聳える坂を指差した。

「瑞來くんさ、最後に(・・・)ちょっと付き合ってよ」


 ❀ ˖*

 横型の白い封筒は、一枚で九十円。それと合わせて紙パックのいちごオレを買ったので、合計はぴったり二百円に収まった。

「ごめん、お待たせ!」

 シンと静まり返った昇降口前に立つ一人の少年に、大きく手を振って駆け寄る。
 私は瑞來くんを連れて、坂上の高校にやって来ていた。

「あの……俺、本当にここに居ていいんですか。まだ入学前ですけど」
「へーきへーき。この時期は午前授業だし、先生たちは成績付けるために職員室籠ってるから」
「はぁ……」
「そうだ。コレ上げるよ。今日までのお礼ね」

 購買で購入したいちごオレを彼に差し出す。瑞來がよく飲んでいたメーカーのものだから、きっと気に入るはずだ。

「すみません。ありがとうございます」
「いいのいいの。……で、ボヤける手紙をこの中に入れて——」
「ボヤけてるのはお姉さんだけですよ」

 封筒が入った袋を破りながら、唇を尖らせる。すると、その顔がよほど可笑しかったのか、彼は声を上げて笑い出した。
 周りの目を気にしていた人間とは思えない豪快さだ。