三月十五日——、彼はそう言った。
「じゃあ、もうカノジョ、出来てるでしょ」
前回と同じように、並んで外れ桜を見上げる。瑞來くんは間を空けて、縦に小さく頷いた。
「やっぱり、未来人なんですね。お姉さん」
「アハハッ、まぁ、大して先の未来じゃないけどね」
私の時代には未だ空飛ぶ車もないし、トンネルなくして海を潜る列車もない。
そう話すと、瑞來くんは分かってますよ、と喉を鳴らした。
「お姉さんが何者なのかは、なんとなく分かります」
「たぶん、それハズレだよ」
「結構自信あるんですけど」
「うん。でも、絶対ハズレ」
ニッと歯を出して笑うと、彼は細い嘆息を漏らす。でも、これ以上深追いはされなかった。
「ところで、瑞來くん」
「……?」
「なんで、私がタイムリーパーだって思ったのかな? 瑞來くんが苦手な、非科学的なことだと思うんだけど」
覗き込むと、瑞來くんは確かにそうですけど、と唇を割る。
「お姉さん、いつも不自然なくらい突然消えるし、会うときは同じ格好で、同じ髪型で、同じメイクだし。……まあ、格好はともかく、ずっと上履きなのはおかしいなと思って」
「確かに、上履きは盲点だった」
「あとは——……やっぱり、同級生によく似てたから」
本当に、よく背が伸びた。部活を引退したからか肌の黒さも収まっているし、この頃の瑞來は中二のときの比じゃないくらい、女子からの人気を集めていたっけ。
はらはら散っていく花びらと、大人への階段をまた一歩上った彼を交互に見据える。その胸元には、“卒業おめでとう”という文字をぶら下げた花が添えられていた。
「それは、他人の空似ね」
中学三年のバレンタインに告白をした、彼女のことを思い浮かべる。目の前の彼がこれだけ成長しているのだから、過去の自分も今の私に近づいているはずだ。
証拠に、前までは白々しく放つことが出来ていた騙し文句も、少し震えていた。
「じゃあ、何歳なのか教えてください」
「八十歳」
「そんなわけ」
呆れたように言う瑞來くんは、
「……教えて貰えることはないんですか」
と、年齢の件は諦めた様子で私を見つめる。縋られているほどの引力はないけれど、真剣な色を帯びたその瞳に吸い込まれそうになった。
「あるよ」
「なんですか」
食い気味に放つ態度がなんだか可愛い。
しかし同時に、中学一年のときはあんなにブカブカだった学ランが、今ではシャツと靴下を覗かせるくらいになった彼の成長を寂しく思った。
成長を感じる度、彼との最後が近づいているようで、胸が締め付けられていた。
「手紙」
「手紙?」
「うん。……この中身、まだ見えないの」
復唱する彼に頷いて、左手に持っていたとある便箋を差し出す。それを瞳に映し出すと、瑞來くんは「あ」と声を上げた。
「思い出した?」
「……ずっと、持ってたんですか」
私にとっては一瞬だったけど、そうか。瑞來くんにとっては、一年の月日が流れているのか。
急に罰が悪くなって、ごめんと謝る。しかし彼は優しく微笑んだ。この日の春は、なんだかとても静かだった。
「いいんです。ただ、ずっと待ってましたけど」
「待ってた?」
「お姉さんの添削」
瞬間、風が強く吹いて、花びらが雨のように降り注ぐ。それでもなお、静かだった。
「そっか。待っててくれてたんだ」
ちょっと、待って、でもそれじゃあ——、
「渡せなかった……?」
「はい」
涼しげに、でも何かを咎めるような顔つきで彼は頷く。咎められるべき相手は私のはずなのに、矛先は違う方向に向いているようだった。
「お姉さんのせいじゃないです」
「え……?」
「俺が見栄を張って、……告えなかっただけですから」
「渡せなかった、じゃなくて?」
訊ねると、瑞來くんは手を伸ばして、舞い降りた花びらを優しく拾う。眉を下げたまま、その乳白色見つめる彼がひどく儚げに見えて、私は思わず目を逸らした。
「昨日、告白の返事をして、彼女が出来ました」
逸らした先に広がる桜の絨毯で占められた視界が、途端、過去の映像に塗り替えられる。