2月13日。
 私の家で美月と『お菓子作り苦手な私、卒業!』に挑戦している。

「でもさくらがお菓子作り苦手なの意外」

 学校帰りにあるスーパーの袋から板チョコを出しながら美月が言った。「だってお母さんの代わりにご飯とかよく作ってるんでしょ?」

「料理は適当でもなんとかなるから」
「逆に難しそうだけど」
「お菓子は分量も手順もきっちりしてるから苦手」
「意外ー」

 美月はザザッとスーパーの袋をさかさまにする。100均で買ったラッピング用品が飛び出した。
 しっかり者の鎧を着込んでいるけれど、私がきっちりしているなんて、きっと爽汰が聞いたら笑うだろう。今日だってだらしない部屋をなんとか全てクローゼットに押し込んできたのだから。

 私はデジタルの計りにキッチンペーパーを敷いて、小麦粉を乗せていった。


 ・・


「わー!できたできた!」

 オーブンから出てきたガトーショコラに美月は歓声を上げた。私は竹串をそっと差し込んでみる。

「うん、大丈夫そう」
「やったー!これ完璧じゃない?」

 焼きあがったワンホールのガトーショコラはきれいに膨らんだし、焦げてもいない。粉砂糖をかれれば、参考にしたレシピの写真通りになりそうだ。

「粗熱が取れてから切り分けるね」
「もう食べたい」
「ガトーショコラは焼きたてよりも次の日まで寝かした方がしっとりして美味しいよ」
「それは彼氏にあげる!私は今味見したいー!」

 匂いがリビングに充満して、胸にまで広がって、本当は私もかぶりつきたいくらいだ。

 チャイムが鳴る。時計を見上げれば時刻は17時半。

「爽汰かも」
「あ、今日入試か。マンション同じなんだっけ」
「うん、爽汰は5階だけどね。ちょっと出てくる」

 玄関に向かうとやはりそこには制服姿の爽汰がいた。東京から帰ってきてその足で来てくれたのかもしれない。

「うわ、めっちゃいい匂いする。チョコ作ってた?」

 リビングに向かって顔を向けて目を閉じてにやつく。

「白々しいなあ、チョコもらいに来たくせに」
「バレてた。ま、お邪魔しまーす」
「明日渡すって言ったのに」
「入試お疲れチョコをくれるって言っただろ」

 言い合いながらリビングに戻ると、美月が待っていた。

「彼氏の登場だ、ほら愛するさくらからのチョコ」

 美月はそう言いながら焼きあがったガトーショコラを自慢げに見せつける。

「彼氏じゃないから」
「わ、うまそう。ほんとに2人が作ったわけ?」

 私はいちいち照れて言い返してしまうけど、爽汰は美月の言葉はどうでもよさげにガトーショコラしか見ていない。

「もう食べていいの?」
「少し冷まして寝かせた方が美味しいよ」
「えーでもあったかいのも絶対うまいって。めっちゃいい匂いするもん。俺の分、今ちょうだい」
「だよね、私もそう思うー。ね、いいよね?さくら」
「仕方ないなあ」

 私はナイフを取り出してガトーショコラを切っていく。ナイフがべたつくこともなく、しっとりと出来上がっている。我ながら自信作が出来た。
 焼きたてを切ったから少し崩れてしまったけれど、半分以上はきれいなまま残っているから、美月の彼の分は後でここから切り分ければいい。

「うっま」
「あっつ」
 ひとくちサイズを手掴みで爽汰と美月は口に入れた。フォークを人数分出したところだったけど、2人にならって私も手でつかんで口に入れた。

 少しほろ苦いガトーショコラが広がってすぐに溶けていく。
 
「これは『お菓子作り苦手な私、卒業!』と言ってもいいでしょ?」

 全て飲み込んだ美月はニヤリと宣言した。