2月に入っても、私の『#卒業日カレンダー』は13日しか埋まっていない。
 皆の話についていけるように何か、投稿したい気持ちはあるのだけど。

『#卒業日カレンダー』は以前に増して人気があるタグになった。

 そして、少しだけ雰囲気が変わってきた。
 投稿の中身が、思わず笑ってしまうような小さな目標から、少しだけ踏み込んだ内容に変化してきたのだ。

『#卒業日カレンダー』のいいところは、同じ悩みを持った人がすぐに見つかって共感してくれるだと思う。
 時にはアドバイスをもらえることもあって、美月はモラハラ店長への伝え方をコメント欄から教わったらしい。
 そんな頼れる場所になっていたから、深い悩みを公開する人が増えてきた。

『浮気される私から卒業』『親のいいなりの私から卒業』と言った、人間関係の悩みが多い。
 自分だけで完結できるような小さな目標から、『本当に卒業したいもの』に変化してきている。


 それなら、私が投稿できることはない。


「さくらちゃんは本当にいい子ね」
「木崎さんはみんなのお手本になってください」
「さくらがいい子だから、助かってるんです」
「木崎さんにお願いしたいと思います」
「さくらは」
「木崎さんは」


 「いい子の木崎さくら」でいたいから。
 私が自分の本当に嫌いなところを卒業してしまったら「いい子の木崎さくら」はいなくなってしまうかもしれない。
 それなら「誰かの求めるいい子の木崎さくら」でいた方がずっと楽だ。

 壁にかかっているカレンダーをぼんやり見つめたあと、スマホに目を向けると画面には何か通知が来ている。

 ――PikPok更新のプッシュ通知だ。美月が投稿したらしい。

 通知をタップすると、彼女の投稿にうつる。
 美月がよく口ずさんでいる歌をBGMに、見慣れたネコエモンの手帳の表紙が映り、美月が表紙をめくる。2月のページに移動して、2月28日の欄にズームすると小さな文字で『悩みすぎる自分から卒業』と書いてある。

「悩みすぎる自分……」

 なんだか意外な言葉だった。私の中で悩んでいる美月というのは見たことがないからだ。
「モラハラ店長やだーやめたいー」「また彼氏と喧嘩したー!」と愚痴をこぼす時もいつも明るい口調で、美月が思い悩んでいるような表情を見たことはなかった。

『寝る前にベッドの中で、今日の自分これでよかったかな?自分の発言で人を嫌な気持ちにさせてないかな?って一日の反省会を30分くらいしちゃう。そんなこと考えすぎても意味ないから、やめたい。悩みすぎ&考えすぎな自分から卒業したい』と動画にコメントが添えられていた。

「……」

 意外で、声が出なかった。
 美月はいつだって明るくて、パワフルで、周りからも「美月は悩みがなくていいよねー、いつも楽しそうで」と言われている。正直私もそう思っていたし、美月は「私にだって悩みくらいあるよー」と笑っていたっけ。

 少しの間に、美月の投稿は拡散されていて共感のコメントがいくつも集まっていた。
『わかりすぎる』『私も毎日反省会』『これ意味ないってわかってるんだけどね』
『相手は何にも思ってないって頭ではわかってるんだけどやたら気にしちゃう』『私かと思った』
『みんなの前では笑って明るく見せてるのに、家帰ったら陰の塊』


 生きる声を見て、顔が熱くなる。
 ああ、もしかして。

 私が1人でじめじめと、思い悩んでいた日々は。
 私だけじゃなかったのか、眠れずに寝返りばかり打つ夜を過ごしているのは。

美月も皆の前では「いつも楽しくて明るい悩みなんてない長尾美月」なのかもしれない。

美月だけじゃない、もしかするとみんな私のように「誰かの求める自分」を持ち合わせているのかもしれない。