帰りに立ち寄った本屋で、手帳コーナーを見つけた美月は私の手を引っ張って誘導した。
「ほらほら、さくらもどう?」
「うーん」
並んだ手帳たちを見ていると、1冊の手帳に引き寄せられた、気がした。優しいペールブルーの水色の手帳は、一目見た瞬間に私の心を掴んだ。1粒小さな星が光るその表紙は、希望の欠片に見えたから。
その手帳に惹かれている私に、美月は「ねえこれさくらっぽい!」と言う。背中を押されたからと自分に小さく言い訳をしてその手帳を購入した。
手帳の中身はシンプルだ。サラサラと触り心地のいい紙に銀色の線と数字が並んでいる。特別にイラストなどもないけれど、このシンプルさが私にはしっくり来る。
近くに陳列されていた深いブルーのインクペンも合わせて購入してしまった。
形から入りすぎている気もするけど、文房具が好きなのだ。お気に入りの文房具を買うというのは新雪に踏み込むような感覚があって。眩しさとワクワクが私の気持ちを包み込む。
「卒業したい自分か……」
夜、私はベッドに寝転んで考えていた。
「今日投稿してよね!」と美月に念押しされたけれど、何も思いつかずPikPokを開いて他の人の投稿を見る。
『暴食卒業!』お菓子卒業の私と同じような感じかな。
『二度寝卒業!』わかるわかる。これは私も卒業したい。でも気持ちよくてやめられそうにない。
『勉強せずにスマホを見ること卒業!』ふふ、そんなこと言ってこの投稿をしている時点で難しいんじゃない?コメント欄に『卒業無理そう笑』というツッコミを見てますますおかしくなる。
そうか、こんな簡単なものでもいいんだ。これなら私でも卒業したい自分、を公開できる。
私は20日の欄に『21時以降のお菓子から卒業』と書いてみる。
人気投稿主のようなかわいい加工はできないけれど、お気に入りの手帳と自分の手書き文字をおさめた動画は特別に感じる。
私は他の人と同じように『#卒業日カレンダー』のタグをつけて動画を投稿してみた。
学校の友達くらいしかフォロワーはいないけど、人気のタグだからか、すぐにいくつものコメントが来た。
『え、わかる』『昼間はやめられないけどこれならできそう』『私は22時以降にする笑』
彼女たちのホームに飛んでみると『ニキビ潰しちゃうの卒業』とか『授業中に寝ちゃうの卒業』とかクスッと笑ってしまう愛しい悩みが投稿されている。
その後もいくつかタグを眺めていると、有名なピックポッカーの投稿が目に入った。『汚部屋から卒業!』と書かれた壁掛けカレンダーからどんどん部屋全体を映していき、そこには足の踏み場もない紛れもなく汚部屋が現れて笑ってしまった。
何万人もフォロワーがいる有名な人が、こんな汚部屋が悩みで卒業したいなんて。突然ぐっと親近感が湧く。
そうか、みんな小さい悩みはいくつでもあるんだ。こういった悩みなら、公開しても大丈夫だ。