爽汰はカバンをゴソゴソ漁ったかと思うと、一冊の紺の手帳を取り出した。
爽汰が3月のページを開くと『3月30日 幼馴染卒業』と書いてある。
「今日じゃないんだ」
「今日のことは予想外だった、まさかさくらが告ってくれるとはね〜」
「ニヤニヤするな」
「嬉しいから仕方ない。ちょうどこのあたりに引っ越す予定だし、さくらの誕生日にと思って」
「そ、そう……てか爽汰も『卒業日カレンダー』やってたんだね」
爽汰も告白を予定してくれていたと思うと嬉しいより恥ずかしさが勝ってきて、慌てて話を本筋からそらした。
「PikPokにはアップしてないけどね」
平然としている爽汰を見ると、やっぱり本当に私のことが好きなのか?と思うほどあっさりしていて悔しくなる。
「今から『卒業日カレンダー』、しようかと思いまして」
爽汰はそう宣言して次のページをめくる。4月はまっさらな状態だ。
そしてカバンからペンを取り出して、そのページの2024の4の部分をぐりぐりと塗りつぶしてその上に8と書いた。
「これで2028年の4月。どこでもいいけど、4月1日でいっか」
そして爽汰は4月1日 『遠距離卒業』と書いた。
「大学の間は遠距離頑張って乗り越えて、4年後に遠距離卒業しよう」
さっきまでふざけていたくせに、そんな真面目な顔で見つめないで欲しい。
「でもここで遠距離終われるかな。爽汰、東京で就職するんじゃないの?私も卒業した大学の病院に勤めないといけないかもしれないし……」
「だからさあ、考えすぎだって。とりあえずの目標なんだから。まあそんなさくらには――」
次に6月のページを開いて、2024のふたつ目の2をぐりぐりと塗りつぶして3にする。2034年になった。
「えーっと、交際期間10年くらいかな。いや、もうちょい早いのか?わかんないけど目標だしいっか……」
「交際期間?」
「6月はジューンブライドって言うしな。月末にしとこう」
独り言をいいながら、爽汰は予定を書き込んでいる。
6月30日 『恋人卒業』
「恋人卒業しちゃうの?」
「うん、恋人卒業して夫婦」
「ふうふ!?」
恋人になれた実感すらまだ追いついていないのに、夫婦という響きはあまりにも遠くて間抜けな声が漏れ出た。
「あ、その顔は夫婦も永遠と思ってない顔だろ」
「う、うん」
いや、本当は理解が追い付いてないだけだけど。嬉しさがまたついてこないくらいに。
「じゃあ、他の『卒業日カレンダー』も作るかあ」
2036年 8月20日 『賃貸から卒業!』
「……なにこれ」
「俺、一軒家建てるの夢なんだよな。ほら俺らずっとマンションだったし。だから結婚して2年くらいで賃貸から卒業してマイホームを買う!」
「あはは」
「な?こうしてちょっとずつ俺らの目標と夢を2人で見つけて、2人で叶えていこうよ」
爽汰が私を見る瞳は優しくて、言葉は全て私にくれる優しさで。嬉しくて、涙がまた溢れ落ちる。
「それでも信じられないさくらには」
ぐりぐり塗りつぶして現れた文字は、2124年。
「100年後、『2人そろって人生から卒業!』」
「あはは、人生からの卒業って」
「最終的な目標ってことで。
……なんでもいいんだよ。俺ずっとさくらといたいし、永遠は信じなくてもいいからさ。毎年2人のカレンダー買って、ちょっとずつ日にちを埋めて行こう」
「うん……うん」
目の前にある爽汰の手帳の「2124」が涙で滲んでもう見えない。
「さくらは1人で考え込むからさ、これからも『卒業日カレンダー』を一緒にやろうよ。俺に腹立つことあったら、俺に卒業してほしいとこ書き込んでいいから」
「どんなこと?」
「例えば『連絡しない爽汰卒業』とかさ」
「爽汰マメじゃないもんね、ありえそう」
「努力します」
涙と笑いが交互に訪れる。やっぱり爽汰は私の気持ちを軽くする天才だ。
「とにかく……SNSには載せない2人だけの約束を2人で作っていこう」
「うん。私、爽汰のそういうところ大好き」
爽汰の表情がようやく崩れた。驚いたような、照れたような、困ったような、そんな顔が現れた。
「素直になれない私から卒業したの」
「それは……最高ですね」
私たちは笑って、ひとまず2024年3月のカレンダーをたくさん埋めた。30日には、『同じマンションの幼馴染』を卒業してしまうから。それまでにたくさん今の思い出を作る。これからもこうやって1ヶ月ずつ過ごしていけばいい。
高校生を卒業しても、私の人生はまだまだ続いていく。
きっと嫌いな自分にもたくさん出会わないといけないし、嫌いな人にもたくさん出会うだろうし、嫌なことなんて数え切れないくらいある。
でも、少しずつ嫌いな自分から卒業して、いやだと思うことからも卒業して。たまには卒業したくない寂しい別れもあるけど受け入れて。
卒業するばするほど、新しい自分に出会って、新しい場所で進んでいく。これからずっとその繰り返しだ。
今日の私を卒業して、明日の私に会いに行く。