平日午前の少し大きめな公園は、小さな子供たちとその親でにぎわっている。
 いくつもベンチがあるから、そのうちのひとつに座る。賑やかな声が響く中で、爽汰はスマホを取り出した。

「こないだの動画、できたんだ」
「30秒のCM練習のやつ?」
「うん」

 爽汰は私の手の平の上にスマホを置くと、動画を再生した。

 ゆるやかな曲が流れる。私たちが中学生の時に流行った卒業ソングだ。お父さんがいなくなった気持ちを重ねて涙したっけ。そんな日も爽汰は隣に居てくれた。

 曲と共に映し出されたのはマンションの扉だった。表札には『木崎』と書いてある。

「私の家だ」

 動画は歩き出し、いつも私たちが使うエレベーター、マンションのエントランス。滑り台をゆるやかに降りて、大きな木を映し出す。

 マンションの敷地を出て歩道に出ると、管理された街路樹が映し出される。いつも私たちが歩いている道だ、隣には車がびゅんびゅんと流れていく。

 次に映ったのは、マンションから一番近いコンビニ。ここでよく2人で買い食いをした、暑い日にはアイス、寒い日には中華まんを、何年も。みかんバー、ピザマン、爽汰のお気に入りは何年も変わらない。

 それから私が提案したリトミックの教室。先生が個人でやっている教室だから、存在を知らないと普通の住宅にしか見えない。

 小学校に繋がる道を見ていると、爽汰と一緒の通学団だった日々を思い出した。黄色の帽子に鳥のフンを落とされた爽汰が見えてくる。

 実感がわかなかったのに。現実として捉えられていなかったのに。

 この映像を見ていると、いやでも思い知らされてしまう。

 爽汰はこの景色から卒業してしまうのだと。私たちの日常から爽汰だけが卒業してしまう。

 涙でぼやけて画面が見えなくなって、私はぎゅっと目をつむった。

「やだ」
「さくら?」
「爽汰がいなくなったら嫌だ」

 考えすぎな私を卒業したら、すごくシンプルな言葉が飛び出てきた。何も考えない飾りのない気持ちは「爽汰と離れたくない」だけだ。

 爽汰の顔も、スマホの映像ももう見れなくて、目をつむって蓋をする。こうしないと感情と涙も溢れて落ちてしまいそうだったから。

「爽汰と幼馴染じゃなくなっちゃう」
「東京に行っても幼馴染は変わらないよ」
「うん。……でも幼馴染は卒業したい」
「えっ?なに?どっち?」

 支離滅裂なことを言っている自覚はあったけど、自分でももうわからないのだ。
 ずっと隣に居て欲しいから幼馴染を卒業したくない。でも、もう幼馴染のままじゃ嫌なんだ。

「爽汰とずっと一緒にいたいけど、幼馴染は卒業したい」

 そう呟いた私に、爽汰が押し黙る気配を感じる。
 30秒ほどたってから、爽汰は「さくら。目開けて」と言った。恐る恐る目を開けるとはにかんだ爽汰がいる。

「動画最後まで見て」
「卒業動画なんてやだ。悲しくなるから」

 この動画、泣いちゃうから嫌なんだけど。そう思うのに爽汰は動画を再び再生する。
 先ほどギブアップした場面から始まり、小学校の後は中学校の校舎が、そして先程卒業したばかりの高校が映る。幼稚園からずっと爽汰が一緒にいたことを改めて感じて、積み重ねた思い出の分だけ涙に変わっていく。

そして、教室の後に映し出されたのは

「私……?」

 いつのまに撮ったのだろう。制服でいつもの道を歩いている私の後ろ姿だった。そして次に現れたのは、先日の夕方の私だ。少し考え込んでいる表情の私がマフラーをぐるぐる巻きにされて笑顔になった。

「これ、卒業動画じゃないよ」

 その言葉に爽汰を見上げるとひどく優しいまなざしで私を見ていた。こんな表情初めて見たかもしれない、まだ知らない爽汰がそこにいた。

「俺が帰ってくる場所を撮った」
「帰ってくる場所……?」
「うん。さくらがいるところが俺の帰る場所だからさ」
「……いつでも帰ってきてね。私もこれ見て寂しさ紛らわす」
「いや、そうじゃなくて」

ゆるく微笑んでいた爽汰は少しだけ慌てた表情になる。

「伝わんないなー。鈍感」
「ええ?」
「さくらはなんで幼馴染卒業したいの?」
「ええと……わ、わかるでしょ!鈍感!」
「わかんないから教えて」

 その顔は絶対わかっている顔だ。爽汰は口角を上げてこちらを見ている。

「……爽汰のことが好きだからです。幼馴染を卒業して恋人になりたいんです」

 もうやけだ。卒業に浮かれて、涙に急かされて、春にそそのかされて。全部吐き出す、想いも涙も。

「俺も!ずっとそう思ってた!」

 爽汰の笑顔がパッと咲く。つられて私の涙もまたこぼれ落ちた。

「これは俺が俺のために作った動画。遠くにいてもいつでもさくらの元に一瞬で帰れるように」
「どういうこと」
「だから、さくらと離れたくないってこと」
「でも離れちゃうでしょ」
「そりゃあね。でも俺たち遠距離でも大丈夫でしょ」

 私はこんなに寂しいのに爽汰はケロッとしていて、本当に私のことが好きなのかと疑ってしまう。

「あ、また色々考えてるだろ。だから考えすぎなくっていいって。俺は自信があるんだよ、俺たちは大丈夫だって」

 私の頬を冷たい手で挟み込むと、ぐいっと無理やり自分の方に私の顔を導いた。

「でも、やっぱり未来が不確かなのは怖いよ。今までは隣にいたからずっと一緒にいられたけど、離れてたらいつかは別れてしまうかも」
「暗っ!まあさくらがそういうことなのに臆病なのは知ってる。おじさんおばさんのことがあって、永遠なんてない……ってよく言ってたし」
「ちょっと。それ、すごい中二病みたいなんですけど」
「事実だし。まあそんなさくらのために俺も買いました」