あっけなく、その時は終わった。

 卒業式は何でもない日と同じように訪れて、どこか現実味がなく過ぎた。
 皆が泣いたり、笑ったりするのを、他人事のように見つめている私がいた。

「この制服からも卒業かあ」
「ダサくて嫌いだったのにねえ」

 田舎の公立の飾り気のないブレザーの紺の制服。カッターシャツに無地のジャケットとスカート。漫画や雑誌に出てくる制服に憧れて、放課後はカーディガンやパーカーでアレンジしたりしてみたっけ。
 嫌いだったはずの制服も、もう袖を通すことがなくなると思うと途端に恋しくなる。

 ――徐々に教室から人が減っていく。

「じゃあ明日のクラス会で!」
「感動の別れの次の日にクラス会って」
「風情ないよねえ。変な感じ」
「じゃあまた明日!」
「ばいばーい!」

 明るく言葉を交わして、笑顔で別れる。

 だけど、私たちは気付いている。
 今日は永遠の別れではない、これからだって友達は続く。でも毎日顔を合わせてどうでもいい話をして、一緒にお弁当を食べて、同じ教科書を開いて同じ授業を受ける、そんな日々はもう二度とないことを。だからそれには気づかないふりをして、笑顔で別れた。

 私と美月もカバンを手に取った。3年間相棒だったこのカバンも今日で卒業だ。

「美月さ、私といる日は反省会しなくてもいいよ」
「あ、投稿見た?」
「うん。私、美月といて嫌な気持ちになったことない。だから反省会する必要ないよ」
「へへ、ありがとう」

 美月は照れたように笑ってから

「さくらもね。私の前ではそんなきっちりしなくていいよ、結構バレてるから」と言った。
「えっ?」
「さくらってカバンの中身結構ぐちゃぐちゃだよね」

 私たちは顔を見合わせて笑う。

 関係を育て切るには1年じゃ足りない、あっという間だ。でも、明日からも友達は続いていく。

「じゃあまた明日」
「うん、明日!またね!」

 だから、またね、で別れる。高校生を卒業しても、友達は卒業しない。

・・

 美月と別れた私は爽汰のクラスまでやってきた。

 こうやって、爽汰を迎えに行くのも。たくさんの人の中から爽汰を見つけるのも、今日で最後だ。
 最後だなんて実感はない。最後だったということは、きっとしばらくたってからじゃないと気付けない。

 皆の中で笑う爽汰が見える。同じ制服を着た人たちの中で、爽汰だけが特別に見える。幼馴染だからじゃない。ずっと私が爽汰に憧れて、焦がれている。

 高校生の爽汰を忘れたくなくて。私を目をつむって、頭の中に今の爽汰を焼き付けた。

「あ、さくら」

 私に気づいた爽汰が手を振るのが見える。そして、この学校の最後の日常から卒業した。

『#高校生から卒業』


・・


「終わっちゃったなあ、高校生活」
「卒業しちゃいましたねえ」

 校門から続く下り坂を2人で歩く。ああ、この道をこうして2人で通ることももうないんだ。
 梅の花が私たちを見送る。その隣にある桜たちが咲き乱れる頃に、私がこの門をくぐることはもうないし、爽汰はこの街にいない。

「そういやさくら全然『卒業日カレンダー』やってなくない?三日坊主から卒業できてないな」
「三日坊主卒業は美月だから」
「あれ、そうだっけ」
「結局爽汰もやってないでしょ」
「俺は元々有言実行だから必要ないんだよなあ」
「そうですか」

 こうしてどうでもいい会話をするのは……高校生でなくてもできるな。ずっとこうした会話は続けたい。幼馴染でなくなってしまっても。


 今日、私は幼馴染を卒業する。
 あと2週間で爽汰は東京に行ってしまう。どうしたってもう隣にはいられない。

「寂しいんだろ」

 どうやって告白するか考えている私に爽汰はからかうように言った。


「卒業式泣いた?」
「あ、ああ卒業式ね。なんか現実感なくて寂しいとも違う気する」
「俺、東京に行って1人になってから実感わいて泣きそー」
「1人暮らしってどんなのかな」
「普通に新生活楽しんでるかも。初めての1人暮らし!都会での生活!」

 爽汰は笑ったけど、私はうまく笑えているだろうか。
 爽汰は新しいこれからがたくさん待っているのだから、寂しいと思う暇さえないかもしれない。

「さくら、寂しくなってきたな?」
「だってそりゃ爽汰がいなくなるのは寂しいよ」

 するっと本音が出てしまって、爽汰は少し目を見開いた。
 あ、やばい。告白しない方がいいかも。面食らった様子の爽汰の顔を見ると心にブレーキがかかる。

「……俺さ、さくらに見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「ちょっとどっか座るか」

 そう言って爽汰は周りをきょろきょろと見渡すと、近くの公園を指さして歩き出した。