「めっちゃ歩いたね」

 私たちは公園に戻ってきていた。夕方に染まった公園にはもう誰もいない。
 ベンチに2人で座って、帰り道に買ったミルクティーの缶で手のひらを温める。

「付き合ってくれてありがと。俺も忘れてた場所に行けたわ」
「私たちが出会ったリトミックの教室を忘れてはいけません」
「はは。いい映像ができそう」

 今日撮影した動画を眺めながら満足気にはにかむ爽汰を見ると、劣等感がうずいて直視できずにうつむいた。

「爽汰は夢があってすごいな」
「さくらだってあるだろ、看護師」
「私のは……夢っていうのかな」
「看護師になりたいって夢じゃないの?」
「うーん……お母さんが手に職をつけなさい、国家資格を取ってって言うから、消去法だよ」

 愚痴っぽくなってしまってたかな。気を遣わせてしまうかもと思って、顔を上げる。
 ――爽汰はスマホを私に向けている。

「ちょっと、なんで撮ってるの」
「今日さくら撮るの忘れてたと思って」
「このタイミング?」
「ごめんごめん。でも今撮りたくなっちゃって」
「もう」

 でも、場の空気はいくらか明るくなる。私だってシリアスな雰囲気にしたいわけではないし、言わなければ良かったと思ったのだ。


「さくらの看護師も夢だと思うけど?」
「でも、爽汰とは違うよ。こうやって好きなことを見つけて……すごいよ」
「俺は昔見たCMに憧れて、そういうの作りたいだけ」
「それがすごくない?自分だけの好きなものを見つけて、夢にできる人ってなかなかいないよ」
「えー?それならさくらも夢じゃん」

 さらっとした言葉は、私を気遣ったようには聞こえない。不思議そうな顔をして爽汰は言った。


「さくら、子供の頃からずっと看護師なりたいって言ってたよ」
「子供って……中学生の頃ね」
「いや、幼稚園児の時から」
「えっ?」
「いっつもお医者さんごっこやらされてさ。でもさくらはいつも看護師なの、俺は患者。医者不在」

 爽汰は懐かしそうに笑った。――全く記憶のない遊びだ。

「その時はまだおばさんは看護師に復帰してなかったけど、元看護師ってことはさくら知ってたみたいでさ。お母さんみたいな看護師になるってずっと言ってたよ」
「……」
「だから、俺と変わらんくない?憧れのものがあって、それを目指す。夢ってみんなそんなもんだろ。高尚なもんじゃないよ」

 そう言われて思い出す、1番最初の小さな憧れを。

 お父さんが教えてくれた、私たちを産む前はお母さんは看護師だったことを。

 熱を出して寝込んだ日、私の頬に冷たい手を当て続けてくれたお母さんを。お母さんは看護師だからこんなに安心するんだ、そんなことを思ったかすかな記憶がある。それは看護師だからではなく、母だからだと今ならわかるけれど、その時は看護師ってすごい!って根拠もなく思ったんだっけ。

 きっとお母さんはこうやって患者の心を励ましているのだと、そんな風に感じた。熱を出して病院に行くたびに優しい笑顔を向けてくれる看護師に母を重ねた。

 心細い気持ちを、掬って温める。そんな看護師さんに憧れたのかも。

 爽汰は私をじっと見ると「さくらはさ、頭でっかちに考えすぎなんだって」と笑った。
 そして自分の巻いていたマフラーを取って、私の首にぐるぐるとまいていく。

「ありがとう」
 冷えていた首をあっためたからか、爽汰の体温が残っていたからか、胸まで熱くなって、なぜか泣きたくなった。

「あ、また撮ってる!」
「いい顔してたからなー」
「不意打ち反対!」