「こんなとこで何してんの?」
「動画撮影してた」
「動画?」
「うん」

 爽汰から『マンションの公園にいるけど、来る?』と返事が来た。
 私たちが住むここは、ベッドタウンにありがちないくつかの棟が並ぶ規模の大きなマンションだ。爽汰は私たちの棟にある公園で待っていた。

 シンプルな滑り台と砂場があるだけの小さな公園。砂場ではよちよち歩きの男の子とお母さんがお山を作っている。

小さな滑り台の上に爽汰は立っていて、私を見つけるとお尻を詰まらせながらゆっくりと降りてきた。

「なんかあった?」
「爽汰にちょっと会いに来ただけ」
「えっ、本当に何かあった?」
「ううん、特になんにもないんだけど。試験も終わったし暇かなと思って。私も暇だったから」
「ふうん。じゃあちょっと付き合ってよ」

 爽汰は私の返事を待たずに歩き出した、小さな公園を出てマンションの敷地を突き進んでいく。

「どこに行くの?」

 慌てて爽汰に追いついて私は聞いた。

「特に決めてないけど、動画を撮りたくて」

 爽汰をよく見れば歩きながらスマホを構えて、歩いている今も動画を撮っているようだった。

「マンションの動画?」
「うん、まあマンションも」
「何を撮ってるの」
「色々。組み合わせて30秒の動画にしたい」
「30秒?」

 目の前の背中が止まって、私も足を止めた。爽汰はマンションの敷地の真ん中にそびえる大きな木の下の前に立つ。爽汰のスマホが木を見上げた。

「CM作りたいって言っただろ?」
「うん」
「その練習」
「こんなところで?」
「うん、こんなところだから」

 爽汰が撮っているのは、もうだいぶ年季が入ってきたマンションとその敷地だ。何か特別なものがあるとは思えない。

「カメラマンになるんだっけ」
「違う、CMプランナー。カメラの才能は全くない。でもどんなものにしたいかっていう出来上がりの理想はある」
「そうなんだ」
「カメラの腕前はひどいけど。今作りたいのを撮ってCMっぽく編集してみようかなと思って」
「出来上がったら見てみたい」
「うん、いいよ。――じゃあ次に行こう」

 そう言ってまた歩き出したから私も慌てて追いかけた。何の変哲もない私たちの住処を抜けて、近くの道を歩く。慣れた道を迷いなく歩いて私たちの通っていた幼稚園や小学校なんかに入ったりもした。


 きっと東京に行く前に、地元の様子を撮っておきたくなったのだと理解した。
 私たちにとっての日常が、いつもの風景が、これから爽汰にとっては「懐かしい思い出」に代わっていくのだと思うと、胸がぎゅっと痛んだけれど。私は夕方になるまで爽汰の日常辿りに付き合った。