『ねえこの子じゃない?チョコ渡したの』
爽汰がきっと告白を受けた――翌日の土曜日、予定なく部屋でゴロゴロしている私に美月からメッセージが届いた。
PikPokのURLが添えられている。心臓が変な音を立てた気がする、こわばった手でおそるおそるタップしてみると『#卒業日カレンダー』の投稿に飛んだ。
淡いピンクの卓上カレンダーがうつしだされ、2月16日の日付までズームされる。そこには『ただの後輩から卒業!』という手書き文字が見える。
ドクンと胸の音がこめかみにまで響く。
恋の歌がBGMで流れ、女の子の細い指がカレンダーに伸びてぷっくりしたクリアのハートシールを貼った。動画はそこで終わっている。
『ずっと片思いしていた先輩に告白しました! #卒業日報告』
爽汰は春にはいなくなる、東京に行ってしまって。
でもなぜか。爽汰はずっと爽汰のままで、私と変わらずにいてくれるとどこかで思っていたのだ。
春にならなくても。
私が何も言えないうちに、幼なじみに甘えている間に。変わってしまうことはある。
「……そりゃそうだよね」
投稿を見た瞬間は心臓が跳ねて体温は一気に上がったけれど。今は身体の芯が冷えたように手先まで凍っている。
永遠を誓った夫婦でも、永遠なんてない。
愛なんていつか壊れるものだから、恋にしたくなかったのに。幼馴染でずっといたかったのに。
私たちが恋愛にならなくとも、壊れてしまうんだ。
後輩の女の子のコメント欄を見ると『結果は残念だったけど、先輩が上京する前に伝えられてよかった』と添えられていて、ホッとしてしまう自分が情けない。
まっすぐ伝えて、弱音を人に見せることができる爽やかな彼女と。幼馴染の立場に甘えてくすぶったままの自分を比べて、ますます情けない気持ちになる。
彼女の投稿から『#卒業日報告』をタップしてみると、様々なカレンダーがずらっと並んでいる。
目に付いたものをタップしていくと、やはりバレンタインにちなんだ卒業報告が多い。告白を受け入れられた人、受け入れられなかった人、それは様々だけど投稿は清々しく誰も後悔をしているようには見えなかった。
『ただの後輩からの卒業』
『バイト仲間からの卒業』
『友達からの卒業』
きっとその関係はぬるま湯のような関係で。ずっと浸かっていられる温度だ。一歩踏み出そう!と決心しなくては簡単に抜け出せもしない。
『幼馴染からの卒業』
その投稿に目を奪われる。全く知らない高校生の投稿だ。
動画に添えられたコメントには『高校卒業を機に離れ離れになるから勇気を出しました。これからは恋人です!』と書かれていた。
私の家から300キロは離れた県で、顔も知らない、本名すら知らない。でも私と同じように幼馴染が好きで、春から離れてしまう予定で、そして勇気を出した人がいる。
『怖くなかったですか?』
気付けば私はコメントをしていた。
『怖かったです!』
たったそれだけの返事だ。
どうして怖かったのか、どうして告白しようと思ったのか、どうやって勇気が湧いたのか。
たくさん聞いてみたいことはあったけど『怖かった』それに全て詰まっている気もした。
みんな怖いんだ。
卒業するのって、今の私とさよならすることだから。
でも、さよならと引き換えに手にするものがある、それがきっと卒業だ。
胸がざらりと波立てる。
いてもたってもいられなくなって私は立ち上がった。はやる気持ちをなだめながらメッセージを送る。
『今何してる?』