「キャッチボールしようぜ」
「だから——」

 俺はリクが皆まで言う前にグローブを渡した。

「用意してくれたんだ」

 誰も居なくなった公園。二人距離を取ってボールを投げ合った。

「なにこれ? なんか書いてある。誰かのサイン?」
「俺のサインだよ」
「誰が欲しがるの」

 リクは笑った。俺も笑った。

「お前が欲しがる。なにせそいつは超巨大ショベルカーとのキャッチボールに使われた貴重なボールだから」

 リクはいよいよ声を上げて笑った。

「マジだぜ?」
「どうやって証明するのさ」
「ポストなんとか——」
「ポストペロブスカイト化合(かごう)鉄鋼(てっこう)(エックス)
「そう、それがボールに付着しているかも知れない。お前がマジの学者になって成分とか調査すりゃあ証明出来るだろ? だからそれやるよ」

 リクのメガネ越しの瞳が丸くなる。

「ありがたく貰っておくよ」

 それから微笑を湛えた。

「ところでさ」
「ん?」
「この前はごめん」

 そう言ってボールを投げてくる。

「塾のテストの点が悪くて、当たっちゃった。あのあと考えたんだよ。僕は確かに科学者を目指しているけれど、なれると決まったわけじゃあない。もしもなれなかったら、それまでの自分は不真面目だったのかなって。でも絶対そんなことない。誠実に向き合って勉強して、真剣に取り組んで来たはずなんだ。結果が伴わないからと言って、それまでのすべてを否定するのは、ちょっと極論が過ぎるなって思ったんだ」
「でも、俺が真剣じゃあないのはマジだから」

 ボールを投げる。

「いや、真剣だったよ。タツキの球を受けていた僕が言うんだから間違いない。これからも続けるの?」
「一応な。俺が居なくなったら試合出来なくなるから。でも、進路のこともちゃんと考える。お前を見倣わないと」
「なんになるの?」
「ポッキーでも作るわ」

 リクはキョトンとした顔になった。

「は?」

 ボールが返ってくる。

「お前、好きだろ?」
「ああ、うん。好きだよ」
「お前が学者になって世界を救ったらヒーローだろ? そのヒーローがなくちゃ困るものを俺が作るんだ。それってさ、俺も世界を救ったことにならねえかな」

 俺が薬指でトントントンと三回ボールを叩くと、リクのグローブが少しだけ下がった。
 ボールを投げる。ただし今度はカーブを掛けて。
 リクはボールの軌道を完全に読んでキャッチした。

「「さすが」」

 声が重なった。
 二人して笑った。

 リクにグローブは返されたけれど、白球は持って行ってくれた。

 俺はこれからも負けっぱなしのマウンドに立ち続けるし、努力もしないでだらっと投げ続けるんだろう。学者になろうなんて心変わりもない。だけど、あのとき本当はなにがあったのかって言う謎が解けないのは気持ちが悪い。それはなんとしても解き明かしたい。死ぬ前には。もしかしたらその謎も60年後にはわかるのかも知れない。でも待ってられない。こっちから迎えにいかないと。俺には無理だろうから、学者になったリクになんとしてでも解き明かしてもらう。代わりにリクが好きなポッキーを作り続ける。それが全部無駄になったとしても、リクを恨まない覚悟をしつつ。

 さて。ヒーローの味方宣言もしたことだし、近々チヅルに告白でもするか。砂時計とヒーローとキャッチボールしたのは世界で俺一人だぜって言ったら「君は哲学者だ」とか言って以外にコロッと傾くかも知れないし。知らんけど。

 見上げれば遠く向こう。夕景にかたどられた超巨大ショベルカーが作業に勤しんでいた。

 俺たちの青春崩壊まで残り30km弱。