時空が歪んだ。時が止まった。誰も、何も動かない。静寂に包まれた中で、動けるのは、天だけ。
いつからだろう。時が止まった世界で人助けを始めたのは。
何もかもが止まった状態で困っている人を助ける、これが任務。しかし、困っている人も止まっているため、その人の周りの環境を整えるということが本質的な任務。
例えば、公園にて、石につまづき転んで怪我をしそうな子ども。石を取り除き、その子どもを転ばぬよう調節する。最後に、この子供が大きな怪我せず、思いっきり遊べますようにと願う。
止まる一時間は、予兆がなく不規則な時間にやってくる。テストを受けているときかもしれないし、雅と話しているときかもしれない。
任務が終わった後、元いた場所に時間内に戻って、さっきやっていたことをしなければならない。動きが不自然なものになり、辻褄が合わないからだ。
例えば、一時間経っても元いた場所に戻らなければ、瞬間移動したことになる。さっきまで勉強していたのに、一時間経って寝ていたら、とんでもなく寝つきがいい人になってしまう。
それはいくらなんでも、現実離れしていておかしな人だ。
だからこそ、それに気をつけなければならない。
前述は、自分の気をつけること。自分の絶対ルール。
それに加えて、助けるべき対象の人の気持ちを考え、解決策を練り、行動に移すことが必要。単に人を助ければいいというものではない。
休み時間の喧騒が静まった。周りを見渡すと、笑っている人、黒板を消している人が、止まっている。
時空が歪んだんだ。
今日の任務が始まった。
行かなくては。
玄関へ走った。
制服のネクタイを少し緩くして、靴を履き替えて、外に出た。
今日は普段より苦しくない。
行こう、と気持ちをもって、念じた。すると、ふっと体が浮く。どんどん上昇し、学校の屋上が見える。平泳ぎの感覚で手で空気をかくと前へ進む。
時空が歪んだ一時間は、空を飛べる。大事なサインを見落とさないためだ。
雲のない青空の下を静かに飛んでいく。
上空から見下ろす人々の生活。その中にあるトラブルを時間の許す限り、解決していく。
人々のトラブルは瞬時に見つけられるよう、この時間だけ大事なサインが見える。
対象者の危険度や、解決策を練りやすいかなどの条件で、レベル分けされる。レベルが高い方が早急に助ける対象。
レベル別でサインの色が変わる。レベルが高い順に、赤、黄、緑、白。しかし、赤や黄は滅多にない。主に、緑や白がよくあるサインだ。
上空からの方が地上よりも、サインがよく見える。よりたくさんの人を助けるためには、空を飛ぶことが重要で、不可欠なのだ。
五分ほど街を進むと、住宅地の中心に白いサインを見つけた。地上に降り立ち、目的地へ走った。
その家の扉は鍵がかかっていなかった。小さな靴と青いスニーカーが置かれた、広々とした玄関を抜け、廊下を進む。
ダイニングに強い白いサインが見えた。
一歳くらいの小さな子どもがダイニングテーブルの下で、積み木で遊んでいる。キッチンでは、子どもの母親が食事の準備をしている。忙しそうだ。
テーブルを見ると、テーブルから大皿が落ちそうだ。このままでは、子どもに割れた皿の破片が飛んでしまう。危険だ。母親はこのことに気づいていない。料理に気を取られている。
今回のプランは、大皿を落ちない位置に置く。そして、忙しそうな母親のために、洗濯物を取り込み畳んでおく。
急に大皿の位置が変わっていたり、洗濯物が畳まれている状態になっていたりすると、不思議な光景ではあるが、任務においてはこれが正解。
時間が戻ったら、この親子はたくさんの笑顔を咲かせ、食事を楽しむことができるのだろう。
大皿をそっとテーブルの真ん中に置き、洗濯物を丁寧に畳んだ。小さな子どもの服を見て、
「かわいいな」
と、つぶやいた。
慣れない手つきでゆっくり洗濯物を畳んでいたため、大幅に時間がかかった。
この親子が幸せに暮らしていけますように。
次の任務に行こう。家を出て、飛んだ。空を飛ぶ時は少し開放感がある、いつもなら。
自分が人々の英雄なんだと誤解している。自分はすごいんだと勘違いしている。任務の後、優越感に浸っている自分がいる。そんな自分でいることが嫌になる。自分が嫌いになる。
心が鉛のように重たくなってきた。でも、今自分にできること、任務を遂行するしかない。
五百メートルほど進むと、緑のサインが見えた。大通りの交通量の多い交差点だ。ゆっくりと地上へ降りた。
スクランブル式の横断歩道に歩いている三十代くらいのスーツを着た女性。彼女に蛍光色の緑色の自転車がぶつかりそうだ。自転車のスピードはわからないが、運転手は小学生くらいの黄色のヘルメットを被った子供。事故になりそうで、危ない。
今回のプランは、自転車を女性にぶつからないところにずらすこと。
これで事故にならないといいけれど。二人とも、怪我しないといいんだけれど。
小学生が乗った自転車を左にずらした。
「気をつけるんだよ。危ないから」
そう止まった静かな世界で、小学生に声をかけた。
それぞれが危ない目に遭いませんように。
時間が戻るまで、あと五分。学校に戻らなくては。今日は少し、止まった世界をゆっくり過ごすとしよう。
止まった世界というものは、おもしろい。静かな世界なのに、人々の動きが感じられて音が聞こえてくるような気がする。
スマホに目を貼り付けて笑っている人、時間がないのか焦った様子で走っているサラリーマン、鏡を一生懸命見つめてメイクを直している人。この世にはさまざまな人がいることを実感する。
静けさと共に人の動きを感じる。この止まっている世界でも誰かが動いてるのではないか、と思うことがある。
いつからだろう。時が止まった世界で人助けを始めたのは。
何もかもが止まった状態で困っている人を助ける、これが任務。しかし、困っている人も止まっているため、その人の周りの環境を整えるということが本質的な任務。
例えば、公園にて、石につまづき転んで怪我をしそうな子ども。石を取り除き、その子どもを転ばぬよう調節する。最後に、この子供が大きな怪我せず、思いっきり遊べますようにと願う。
止まる一時間は、予兆がなく不規則な時間にやってくる。テストを受けているときかもしれないし、雅と話しているときかもしれない。
任務が終わった後、元いた場所に時間内に戻って、さっきやっていたことをしなければならない。動きが不自然なものになり、辻褄が合わないからだ。
例えば、一時間経っても元いた場所に戻らなければ、瞬間移動したことになる。さっきまで勉強していたのに、一時間経って寝ていたら、とんでもなく寝つきがいい人になってしまう。
それはいくらなんでも、現実離れしていておかしな人だ。
だからこそ、それに気をつけなければならない。
前述は、自分の気をつけること。自分の絶対ルール。
それに加えて、助けるべき対象の人の気持ちを考え、解決策を練り、行動に移すことが必要。単に人を助ければいいというものではない。
休み時間の喧騒が静まった。周りを見渡すと、笑っている人、黒板を消している人が、止まっている。
時空が歪んだんだ。
今日の任務が始まった。
行かなくては。
玄関へ走った。
制服のネクタイを少し緩くして、靴を履き替えて、外に出た。
今日は普段より苦しくない。
行こう、と気持ちをもって、念じた。すると、ふっと体が浮く。どんどん上昇し、学校の屋上が見える。平泳ぎの感覚で手で空気をかくと前へ進む。
時空が歪んだ一時間は、空を飛べる。大事なサインを見落とさないためだ。
雲のない青空の下を静かに飛んでいく。
上空から見下ろす人々の生活。その中にあるトラブルを時間の許す限り、解決していく。
人々のトラブルは瞬時に見つけられるよう、この時間だけ大事なサインが見える。
対象者の危険度や、解決策を練りやすいかなどの条件で、レベル分けされる。レベルが高い方が早急に助ける対象。
レベル別でサインの色が変わる。レベルが高い順に、赤、黄、緑、白。しかし、赤や黄は滅多にない。主に、緑や白がよくあるサインだ。
上空からの方が地上よりも、サインがよく見える。よりたくさんの人を助けるためには、空を飛ぶことが重要で、不可欠なのだ。
五分ほど街を進むと、住宅地の中心に白いサインを見つけた。地上に降り立ち、目的地へ走った。
その家の扉は鍵がかかっていなかった。小さな靴と青いスニーカーが置かれた、広々とした玄関を抜け、廊下を進む。
ダイニングに強い白いサインが見えた。
一歳くらいの小さな子どもがダイニングテーブルの下で、積み木で遊んでいる。キッチンでは、子どもの母親が食事の準備をしている。忙しそうだ。
テーブルを見ると、テーブルから大皿が落ちそうだ。このままでは、子どもに割れた皿の破片が飛んでしまう。危険だ。母親はこのことに気づいていない。料理に気を取られている。
今回のプランは、大皿を落ちない位置に置く。そして、忙しそうな母親のために、洗濯物を取り込み畳んでおく。
急に大皿の位置が変わっていたり、洗濯物が畳まれている状態になっていたりすると、不思議な光景ではあるが、任務においてはこれが正解。
時間が戻ったら、この親子はたくさんの笑顔を咲かせ、食事を楽しむことができるのだろう。
大皿をそっとテーブルの真ん中に置き、洗濯物を丁寧に畳んだ。小さな子どもの服を見て、
「かわいいな」
と、つぶやいた。
慣れない手つきでゆっくり洗濯物を畳んでいたため、大幅に時間がかかった。
この親子が幸せに暮らしていけますように。
次の任務に行こう。家を出て、飛んだ。空を飛ぶ時は少し開放感がある、いつもなら。
自分が人々の英雄なんだと誤解している。自分はすごいんだと勘違いしている。任務の後、優越感に浸っている自分がいる。そんな自分でいることが嫌になる。自分が嫌いになる。
心が鉛のように重たくなってきた。でも、今自分にできること、任務を遂行するしかない。
五百メートルほど進むと、緑のサインが見えた。大通りの交通量の多い交差点だ。ゆっくりと地上へ降りた。
スクランブル式の横断歩道に歩いている三十代くらいのスーツを着た女性。彼女に蛍光色の緑色の自転車がぶつかりそうだ。自転車のスピードはわからないが、運転手は小学生くらいの黄色のヘルメットを被った子供。事故になりそうで、危ない。
今回のプランは、自転車を女性にぶつからないところにずらすこと。
これで事故にならないといいけれど。二人とも、怪我しないといいんだけれど。
小学生が乗った自転車を左にずらした。
「気をつけるんだよ。危ないから」
そう止まった静かな世界で、小学生に声をかけた。
それぞれが危ない目に遭いませんように。
時間が戻るまで、あと五分。学校に戻らなくては。今日は少し、止まった世界をゆっくり過ごすとしよう。
止まった世界というものは、おもしろい。静かな世界なのに、人々の動きが感じられて音が聞こえてくるような気がする。
スマホに目を貼り付けて笑っている人、時間がないのか焦った様子で走っているサラリーマン、鏡を一生懸命見つめてメイクを直している人。この世にはさまざまな人がいることを実感する。
静けさと共に人の動きを感じる。この止まっている世界でも誰かが動いてるのではないか、と思うことがある。