リバイバルサマーサウンド

「なぁ颯音」

「ん?」

「俺らってさ、本当にすごいバンドだったよな」

「いきなりどうしたんだよ」

「だって男女半々の高校生バンドって大抵途中で解散しちゃうじゃん?」

「まぁ僕のお姉ちゃんもバンド組んでたけど一年も続かなかったって言ってたけどさ」

「奇跡のメンバーなのかもな」

 僕と結弦の二人部屋、どれだけ気の知れたメンバーだとしても寝室は分ける。
それにきっと、この二人だからこそ交わせる会話がある。

「確かにそうなのかもな」

「颯音、覚えてる?」

「何を?」

「部員が集まらなくて廃部寸前だった時のこと」

「懐かしいな、よく覚えてるよ」

 入学して数週間、周囲のクラスメイトが次々に入部を確定していく中、僕だけが入部届を握りしめたままだった。
『軽音学部』と書かれた入部希望届けを隠したまま、廊下を歩いている時のこと。

「結弦」

「ん?」

「あの時、肩ぶつかってくれてありがとな」

「なんだよそれ」

 恥ずかしそうに笑いながら、二人だけの想い出に浸る。

「颯音」

「ん?」

「あの時、入部届を落としてくれてありがとう」

「こちらこそだよ」

 クラスも違う結弦との偶然、当時は恐怖が大きかったけれど今思うと感謝以外の感情が見当たらない。

「結弦と職員室に向かう途中で、詩に会ったんだよな」

「そうそう、詩が俺のこと先輩だって勘違いしてさ」

「懐かしいな『職員室ってどこですか?』って訊いてきたんだよな」

 入部届を手、に今より数十センチ小さい詩が僕達に声を掛けた。

「あの時って颯音と詩、同じクラスだよな?」

「そうなんだけど本当に初対面だったんだよね」

「颯音が人と関わらなすぎなんだよ」

 入学して発した言葉は、原稿用紙一行にも満たない一言と挨拶だけ。
相手が異性となると尚更、顔を合わせることすら慣れていなかった。

「そしたら詩が琴葉を連れてきてくれたんだっけ」

「そうそう、社交的な詩が極端に内気な琴葉を口説いたんだよ」

「口説いたって……」

「大袈裟じゃないぞ?琴葉のピアノをベタ褒めして入部まで運んだんだから」

 今になって知らされる結成秘話、語られることのなかった始まりの話。

「それからパート決めが始まって、曲が決まって……」

「不定期に活動休止が強いられて、リモートでの練習が始まって……」

「あっという間だったけど、かなり濃い時間を過ごしてたんだよな」

「本当に、僕達にとっての青春だった」

「作詞してる人とは思えないくらい安直な表現だな」

「それくらい感情が強いんだよ。言葉にならないの意味が今やっとわかった」

 当時、肌身離さず持ち歩いていた歌詞カード。
表紙には四人で重ねた落書きと、サイン。

「颯音、明日のライブ企画してくれてありがとな」

「こちらこそ、みんなに声掛けてくれてありがとう」

「音響専門学生は頼りになるな」

「好きが高じたんだよ」

 深夜一時、スマートフォンの明かりを消し目を閉じる。
この床の硬さを感じながら眠る最後の夜、明日の光を思い描きながら眠りにつく。

 隣で目を瞑る彼女を見て、たまらなく声を掛けたくなってしまった。

「ねぇ琴葉」

「ん?」

「起こしちゃった……?」

「高揚感で眠れなかった、詩も?」

「そんなところかな」

「じゃあちょっと私がずっと伝えたかったこと、詩に伝えてもいい?」

「伝えたかったこと……?」

「そう、ずっと伝えたかったこと」

 琴葉が初めて、自ら『話したい』と口を開いた瞬間。
暗闇でよく見えないけれど、きっと目の色も違うと思う。

「私、本当は一年の終わり頃に退部を本気で考えたんだよね」

「えっ……」

「驚いたでしょ」

「知らなかった……」

「監督にだけ、相談してたんだ」

「監督に?」

「メンバーとか、余計な心配掛けたくなくて」

「そんなことがあったんだ……」

 初めて告げられた琴葉の本当、いつも場を和ませ続けた彼女の脆い部分。

「どうして『退部』っていう考えにいたったの?」

「私がいたらダメだって、どこかで思っちゃったんだよね」

「……」

「詩みたいに上手に話もできないし『バンド』っていう空間には弊害になっちゃうのかなって」

「そんなこと抱えさせちゃってたんだ……」

「でもね、私がここにいたいって思えたのはやっぱり詩のおかげだったんだ」

「私?」

 今、この瞬間。
私は初めて『琴葉』という人間に心から向き合えている気がする。音に惹かれて出逢った私と琴葉の知らなかった物語。

「三年生の四月のこと、詩は覚えてる?」

「ライブが無観客に決まったことだよね、たぶん」

「そう、詩は悔しかったと思うけどさ、私はちょっと安心したんだよね」

「聞きたいな、琴葉の気持ち」

 極度の人見知りがコンプレックスだった琴葉にとって、人前に出ることはすごく怖いことだった。
顧問や監督の前で演奏するだけで脚がすくんでしまうと相談されたことがある。私はいつの間にか『琴葉も人前で演奏することが楽しい』と思えるようになった喜んでいたけれど、それは私の思い込みだった。
戦い続けた怖さから解放された『無観客』という言葉に、琴葉は『救われた』と震えた声で、数年越しに伝えてくれた。

「そんな風に思ってくれてたんだね」

「でもみんなは『有観客』を望んでいたから、雰囲気が重くてさ」

「琴葉には申し訳なかったよね」

「違うよ、さっきも言ったけど詩が照らしてくれたんだ」

「え?」

「詩が、詩の歌が私達を照らしたんだよ」

「私の歌が……」

「結弦と颯音の本当の想いはわからないけど、私達は確かに詩の歌に引き留められたから」

「琴葉……」

 呼んだ名前の後に返ってきたのは、静かな寝息だった。
琴葉が本音を溢せたのは成長か、それともアルコールの効能か。どちらにしても琴葉らしい、そして私達らしい。
あの日、立つはずだったライブステージへの無念を晴らすために二人でバスに乗り、現地に行った日のことを思い出した。
帰りのバスで聴いた静かな寝息と重なる、変わらぬ幼さを持つ彼女の熱い本音。
明日のステージでその熱さが、私達四人の火薬となりますように。


 快晴。
普段感じる鬱陶しさを全て打ち払ったような、際限のない空。

「絶好のライブ日和じゃん」

「さすが颯音は晴れ男だね」

 本番直前、機材の最終確認。

「設営は颯音の専門学校で同級生の方々がやってくれたんだっけ、本当に頭が上がらないよ」

「ライブ後にお礼を言いに行こう、お土産も何もないけどその分最高のライブにしよう」

 それぞれが高校時代と同じ楽器を手にする。

「そういえば詩って社会人になってギターとか弾く時間あるの?」

「なかなか無いかな、歌は口ずさむくらい」

「まぁそんなもんだよな、俺も全然ベースに触れてなくて」

「琴葉くらいじゃない?保育系ならピアノとか触れる機会ありそう」

「そうだね、当時ほどではないけど結構頻繁に触ってるかな」

 それぞれの世界を生き始めていた僕達がもう一度出逢えたことは、奇跡なのかもしれない。
社会人、専門学生、大学生、音楽なんて頭にも過らないほど忙しい日々の中で呪いのように残り続けた記憶は、きっとその時間が欠けがえのないもので、尊かったことの証明。


『そろそろステージ袖に移動お願いします』


 高校時代、聴くことのできなかった始まりの合図。
楽器を置き、幕の裏へ駆け、顔を見合わせる。

「ステージ前に一言ずつ残していかない?」

「そういうの憧れだった、じゃあ颯音から」

「僕は心の底から、このメンバーとバンドが好き。好きなんて言葉じゃ足りないくらい。結弦、琴葉、詩、三人が仲間で本当によかったと思ってる、あとは盛大にやろう。本当にありがとう」

「じゃあ……次、結弦」

「俺は……このバンドを組んでなかったら音楽を辞めていたと思う、俺はこのバンドに人生を変えてもらった。それくらい想い入れのある場所、本当にありがとう」

「琴葉、話せる?」

「私は、正直このバンドに居続けていいかわからなくなった時があったの。でもそんな不安すら超える好きが詰まってる場所だった。あの時叶わなかった夢を、今叶えさせてくれて本当にありがとう」

「最後、詩」

「私はこの中で唯一すぐに社会人になったけど、ここまで熱くなったの高校生ぶり。思ったことを本音でぶつけて、心から揺さぶられる、この四人だから味わえた感覚だよ。本当に大好き、楽しもう、会場を湧かせよう」

 円陣を組む、伝わる温度と震えは確かな命の鼓動。
開演まで数十秒、一生に一度の特別を叶える瞬間が幕を開ける。

 
「1・2・3・4」

 この感覚を、味わいたかった。
曲が始まる前の緊張感と、早くなる鼓動に反して刻む脳内メトロノーム。
集められる視線と、それぞれが交わすアイコンタクト。拍を保つため小刻みに上下する爪先。

 ドラムという全員の逞しい背中を感じる特等席。観客とメンバー、全ての熱気を受ける場所。
詩のギターと歌声、結弦のベース、琴葉のキーボード。
揺れる肩と、動く足。観客を煽る手拍子と、曲を彩る動作。
 世界中の著名バンドのどこよりも、僕は無名な僕達が好きだ、この四人で響かせる音が好きだ。

 全てを奪われたあの夏は、それ以上の何かを掴むための伏線だったのかもしれない。
『神様は意地悪だ』という言葉をよく耳にするけれど、きっと神様は意地悪ではない。
僕が作詞をする時のような、臭いシナリオを好んでしまうのだろう。絶望から計り知れない希望を用意するあたり、僕と同じ思考を感じる。
 ここまでの快晴ということは、神様もご満悦だろう。
これからの人生、それぞれの道を進んだ先で何度も再会がありますように。
飽きるくらいの臭いシナリオが、用意されていますように。

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