隣で目を瞑る彼女を見て、たまらなく声を掛けたくなってしまった。

「ねぇ琴葉」

「ん?」

「起こしちゃった……?」

「高揚感で眠れなかった、詩も?」

「そんなところかな」

「じゃあちょっと私がずっと伝えたかったこと、詩に伝えてもいい?」

「伝えたかったこと……?」

「そう、ずっと伝えたかったこと」

 琴葉が初めて、自ら『話したい』と口を開いた瞬間。
暗闇でよく見えないけれど、きっと目の色も違うと思う。

「私、本当は一年の終わり頃に退部を本気で考えたんだよね」

「えっ……」

「驚いたでしょ」

「知らなかった……」

「監督にだけ、相談してたんだ」

「監督に?」

「メンバーとか、余計な心配掛けたくなくて」

「そんなことがあったんだ……」

 初めて告げられた琴葉の本当、いつも場を和ませ続けた彼女の脆い部分。

「どうして『退部』っていう考えにいたったの?」

「私がいたらダメだって、どこかで思っちゃったんだよね」

「……」

「詩みたいに上手に話もできないし『バンド』っていう空間には弊害になっちゃうのかなって」

「そんなこと抱えさせちゃってたんだ……」

「でもね、私がここにいたいって思えたのはやっぱり詩のおかげだったんだ」

「私?」

 今、この瞬間。
私は初めて『琴葉』という人間に心から向き合えている気がする。音に惹かれて出逢った私と琴葉の知らなかった物語。

「三年生の四月のこと、詩は覚えてる?」

「ライブが無観客に決まったことだよね、たぶん」

「そう、詩は悔しかったと思うけどさ、私はちょっと安心したんだよね」

「聞きたいな、琴葉の気持ち」

 極度の人見知りがコンプレックスだった琴葉にとって、人前に出ることはすごく怖いことだった。
顧問や監督の前で演奏するだけで脚がすくんでしまうと相談されたことがある。私はいつの間にか『琴葉も人前で演奏することが楽しい』と思えるようになった喜んでいたけれど、それは私の思い込みだった。
戦い続けた怖さから解放された『無観客』という言葉に、琴葉は『救われた』と震えた声で、数年越しに伝えてくれた。

「そんな風に思ってくれてたんだね」

「でもみんなは『有観客』を望んでいたから、雰囲気が重くてさ」

「琴葉には申し訳なかったよね」

「違うよ、さっきも言ったけど詩が照らしてくれたんだ」

「え?」

「詩が、詩の歌が私達を照らしたんだよ」

「私の歌が……」

「結弦と颯音の本当の想いはわからないけど、私達は確かに詩の歌に引き留められたから」

「琴葉……」

 呼んだ名前の後に返ってきたのは、静かな寝息だった。
琴葉が本音を溢せたのは成長か、それともアルコールの効能か。どちらにしても琴葉らしい、そして私達らしい。
あの日、立つはずだったライブステージへの無念を晴らすために二人でバスに乗り、現地に行った日のことを思い出した。
帰りのバスで聴いた静かな寝息と重なる、変わらぬ幼さを持つ彼女の熱い本音。
明日のステージでその熱さが、私達四人の火薬となりますように。